リオ五輪で期待のブラジル柔道=強化・普及の源流を探る=(7)=中堅層の指導者育成が課題=移民発の日伯補完関係に

ニッケイ新聞 2014年2月13日

講道館有段者会の関根隆範会長

講道館有段者会の関根隆範会長

戦前、戦後を通じた日本移民の流入により、日本的な柔道が伝えられ深く社会に根付くに至った現状について、有段者会の会長を務める関根隆範(73、東京)は、「競技面で継続的に結果が出ていて、ある程度の普及にも一段落した今だからこそ、本来の柔道の目的である〃人づくり〃の原点に立ち返る必要がある」と警鐘を鳴らす。

関根が不安視するのは「現在のブラジル柔道は、メダルを狙うトップ層と愛好者含む底辺層はある程度充実していても、底辺層に正しい柔道の精神を伝え、指導できるピラミッドの中間を支える層が絶対的に足りていない」ことだ。

第5回に登場した渡部希一によれば、「地方の青年大会では観客として見守る選手の父兄らが、サッカーの試合のようにやじを飛ばし、投げられたごみが会場を行き交うこともある」という。

また「微妙な判定で敗戦を喫した選手が、審判に文句を言うだけに飽き足らず、試合後に大喜びしていた対戦相手を追い掛け回す場面もあった。最も問題なのは、それを見ても大して注意するそぶりも見せない先生。悲しいかな、そういった指導者がまだいるのが実情」とため息をついた。

この事態に対し、関根や渡部、大学の教授でもあり、柔道の精神に深い理解を示す先述のオダイルらは、現在若手指導者向けのポ語教本の作成を進めるほか、「トップ層の技術的な交流はあっても中堅層の交わりは全くと言ってよいほどない」という日伯間の定期的な指導者交流の実現に向け奔走している。

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昨年8月28日はブラジル柔道史に残る一日になった。リオ世界選手権でラファエラ・シルヴァ選手(21)がブラジル人女性柔道家初の金メダルを獲得したからだ。彼女の出身は有名なリオのファベーラ「シダージ・デ・デウス」。圧倒的な貧困と麻薬密売人の撃ち合う銃弾と死――そんな日常に影響されてか、彼女は幼少期からすでに、暴力性の片鱗を垣間見せていたという。「格闘技でもやらせたら」とNGO団体に預けられたのが5歳、そこで柔道に出会った。

一昨年のロンドン五輪では二回戦で反則負け。同9月1日エスタード紙によれば、その時「メス猿め! お前の居る場所は檻の中で畳の上じゃない」と携帯メールで中傷された。今回優勝した後、彼女は「肌の色や金と関係なく、誰でも自分の闘志次第で勝利はつかめる」と宣言し、両腕を高く掲げた。

世界で最も不公平な町の一つで育った子供が、柔道によって精神と身体を鍛えて世界一を達成したことは、Judoという普遍的な〃道〃の勝利だ。ブラジル社会の最も弱い部分を日本のスポーツ哲学が補完し、世界に誇れる選手にした良い例ではないだろうか。

関根会長は「柔道はただの格闘技ではない。社会に役立つ人材を輩出することこそが本来の役割なんです」と真剣な眼差しで語った。

日本発祥の柔道は、単なる国別のメダルの数争いではない。欧州柔道がレスリング化する中、日本移民が杭となった当地では、日本式哲学が色濃く残った柔道が愛好されている。

ブラジルのメダル増は日本哲学が世界に広まった成果であり、日本も喜んでいいはずだ。2年後の地元開催のリオ五輪では柔道への期待はさらに高まる。移民が始めた柔道は、円熟した日伯補完関係の良例となっている。(終り、敬称略、酒井大二郎記者)