連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(112)
黒澤和尚が古川記者に、
「ここは女が男を選ぶのですね」
「そうですね。と云う事は、女は素人ですよ」
首に絡んだ女の手から逃れながら中嶋和尚が、
「古川さん、こんな事困ります!」
「今更なに言っているのですか、早速、彼女と交渉してください」
「なんの交渉を?」
「勿論、ベッドに入る値段交渉ですよ」
「えっ! なんて事を! それは困ります」
「私を見てて下さい」
そう言って、古川記者はカンパーリと云うイタリー生まれの赤いドリンクをマルレニに提供した。彼女が一口飲んだのを確認すると、
「(いくらだ)ねーちゃん」
「(なによ、ロマンスもなにもないんだから・・・、そうね~二百ドルよ!)」
「(こんな田舎街で二百ドル?! 高いじゃないか。二百レアル(百ドル)の間違いじゃないのか?)」
「(じゃー、百五十ドルでいいわ!)」
「(それでも高いなー。百ドルにしてくれよ)」
「(ケチね! まっ、それでいいわ)」
古川記者は、面の皮が厚いストレートな言葉で交渉を成立させると、
「二百ドルを百ドルにしました。半分のデスカウントですよ」
「そんな事、絶対ダメです!」
中嶋和尚のきつい声に、古川記者が自慢顔と当惑した顔を一緒にして、
「そんな、遠慮なんかしないで・・・」
「遠慮じゃなくて、私はダメです」
「じゃー、ダメかどうか試したらいいじゃないですか。上手くいくかも・・・」
「誤解しないで下さい。そのダメとはダメの意味が違います」
古川記者は中嶋和尚の一生懸命の辞退を無視して
「(バネッサと言ったな。いくらだ?)」交渉を始めてしまった。
「(二百ドル)」
「高~い!」
中嶋和尚が古川記者の独り勝手の行動に待ったをかけ、
「古川さん、ダメです。やめて下さい」
酔って聞く耳を持たない古川記者は、
「高いですね! 百ドルに下げさせますから、任せてください」
「やめて下さい」そう言って、手を振って断る中嶋和尚を見て、勘違いしたバネッサが、
「(じゃー、特別に百ドルにしてあげるわ)」
「百ドルにすると言っています」
「と、とんでもない。百ドルなんて人に値段を付けるのは人権問題です」
そう言って断る中嶋和尚の態度を誤って判断したバネッサが、
「(ダメ? 今日は、お化粧が悪かったのかしら、それともドレスが・・・)」
「(勘違いするな。君はもっと価値ある人だとさ)」
「(? それ? ・・・、どう云う意味?)」
「(俺も、こんな交渉は初めてだ。理解に苦しむー)」
「中嶋さん! もう一度確認しますが、百ドルでは安過ぎるのですか?」
「人間が百ドルなんて、この様な値段交渉をとがめます」
「(中嶋は、百ドルでは困るそうだ)」
「(ふざけないで! タクシー使って来たのよ・・・)」
「(まだ分かってないな。お前は、もっと、価値が、ある、人だと・・・)」古川記者は間違わない様に一言一言確認しながら言った。
「(???! それ、本当?)」
「(しつっこいな。本当の本当だ!)」
「(信用できないけど、こんな素敵な褒め言葉初めてもらったわ。それで、いくらにするの?)」
「(自分で決めろよ)」
「(えっ!? 私が決めるの? 困るわー、つまり・・・、私が私に・・・? 簡単じゃないわよ。頭がこんがらがって・・・)」