連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(139)

ニッケイ新聞 2014年4月17日

 不思議に、ジョージの瞼の裏に、繁華街を目立たない様に歩く森口が浮かんだ。次に、地下鉄前のタクシー乗り場で森口が、GM車のタクシーに乗り込む光景が浮かんだ。その森口の後に続いて乗り込む背の低い人影も浮かんだ。
「(タクシーだ!)」ジョージは不思議な霊感を感じてそう叫んだ。同時に一台のGM車のタクシーが彼等を抜いた。そのタクシーの窓から一人の男がジョージに手を振った。
「(あのタクシーだ!)」
「(どうしてですか?)」
ジョージはペドロの質問を無視して、後を追った。
タクシーは一キロ程大通りを南下し、それから、急にUターンして北に向かった。東洋街の方向だ。
「(奴の活動範囲は東洋街しかないようだ)」
「(あっ、右に曲がりました。東洋街じゃなく、ルイス・ゴイス通りの方へ、何処へ行くんでしょうか?)」
タクシーは通りから右に折れ、裏道に入った。ジョージ達もその裏道に入った。
十メートル先にGM車のタクシーが止まっていた。ジョージは咄嗟に角の家のガレージの前に駐車して、その住人であるかの様な行動をとった。
タクシーが止まっている前の家から地味なスーツ姿の黒人が出てくると、タクシーの運転手に何かを渡した。タクシー料金であろう、空のタクシーは走り去った。
「(隠れ家ですよ)」
「(かもな。ここで様子を見よう)」
「(立派な屋敷ですね)」
「(ウエムラ刑事、奴がなぜ近くにいると分かったのですか?)」
「(お前が差し出した制服が暖かったからだ)」
「(なーるほど。で、如何してあのタクシーだと分かったのですか?)」
「(奴のタクシーに一緒に乗り込んだ男が俺に手を振ったんだ)」
「(男が手を?私にはなにも・・・)」
「(獣になって考えれば獣の行動がわかる。早く経験を積むんだな)」
「(ですが、タクシーに誰かが一緒に乗ったとは?さっぱり分かりません)」
「(あのタクシーに同乗した男が、俺達に手を振ったじゃないか)」
「(それも獣になって想像したのですか!?)」
「(お前には見えなかったのか)」

ジョージ達は角の家の前で十分ほど待った。
「(出てきませんね)」
「(この道は一方通行で後戻り出来ない。先に行くとまずい)」
ペドロは気を利かせて通行人を装って大きな屋敷の前を歩いた。その時、一台の乗用車が屋敷の前に止った。門が開き、車は吸い込まれる様に入った。
その間、ペドロは中の様子を垣間見る事が出来た。
「(ウエムラ刑事、あの家は風俗バーです。かなり高級ですよ)」
「(こんな昼間から?)」
アレマンがもう一台の車が入るのを指して、
「(確かに営業しています。又、客が入りました)」
「(俺達も客としてお邪魔しよう)」
「(本当ですか!)」新米刑事達は急に落ち着きを無くした。
「(忘れるな! 仕事だ)」
ジョージが車を屋敷の前に止めると、音もなく門が開いた。
「(ここは、有名な『カフェ・スキャンダル』です)」ペドロが黒い下地に白いコーヒーカップと湯気が描かれた上品で小さな看板を指しながら言った。
「(常連か?)」
「(とんでもありません。入るだけで給料が吹っ飛んでしまいます。男性雑誌に特集で載っていました。新装になって、女も一流になったそうです)」
半円を描いた道の奥の玄関に車を止めた。