連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(140)

ニッケイ新聞 2014年4月18日

 黒い背広を粋に着こなした黒人が助手席と後部座席のドアを同時に開けると、ペドロとアレマンがなんとなく落ち着かずに降りた。その時、アレマンがヘマをして腰の拳銃を一瞬黒人に見せてしまった。
その黒人が中に入ろうとする三人に、
「(ちょっと、こちらへ)」そう言って、大きな身体を張って三人の行く手を遮り、強制的に玄関横の小部屋に導いた。
「(拳銃をここに預けてから楽しんでくれ)」
アレマンが恍けて、
「(拳銃?)」
黒人はアレマンのTシャツに覆われた拳銃を指し、
「(その拳銃だ)」
アレマンは指された拳銃を差し出した。
「(手錠も変態行為に使われるから禁止だ。ここに)」
ジョージが、
「(なぜあずかるんだ? 今、拳銃を持った東洋人が入っただろう)」
「(ああ、彼はオーナーだ)」
三人が同時に、
「(オーナー!?)」
「(二ヶ月前、彼が新しいオーナーになった。半月前に改装工事が終わり、軽音楽のバンドも入った。おかげで星が二つ増え・・・、だから、銃携帯はここから先はお断りだ)」
そう言って立ち上がった黒人の右手を捕らえ外側に捻ったジョージが、
「(通したほうがいいんじゃないのか?)」
「(痛て~)」捻られた手首と肘の痛みで大きな身体の黒人は椅子に戻された。
ペドロが咄嗟に室のドアを閉め、アレマンが拳銃と手錠を取り返した。
「(よく聞け!)」
「(手を緩めてくれ・・・)」
「(このまま通すんだ)」そう言って、ジョージは手の捻りを少し強めた。
「(い~、痛て、て・・・)」
「(ポリスの用心棒を早く雇ったほうがいいと思うが・・・)」
ジョージはそう言いながら、黒人の胸から素早く小口径の拳銃を抜き取り、
「(オーナーはこのクラブをマネーローンダリングに利用している。もし、俺達に協力すれば、お前をここのオーナーにしてやるが、どうだ)」
「(そんな事が・・・)」
「(奴はポルトガル語を理解しない。だから、調書にサインする形で、一足三文でお前に譲る書類にサインさせてみせる)」
「(それは詐欺だ)」
「(人殺しのお前が詐欺でビクビクするとは笑わせるぜ。全く!)」
アレマンが心配そうに、
「(ウエムラ刑事、そんな約束をしていいのですか?)」
「(後で君がやれ。書類内容の確認を怠っただけだ。最悪で業務上過失ってやつだ。署内ではなんの処罰もない。俺が保障する、安心しろ)」
黒人が、
「(で、どうすればいいんだ?)」
「(ここは目を瞑って通せ、それに捜査し易い様にすべての便宜をはかれ)」
「(信用できねー)」
「(このアレマンは約束を必ず守る男で有名だ)」
「(ウエムラ刑事、私が守れないときは如何したらいいんですか?)」
「(分かっているじゃないか! 約束相手を消せばいい)」
驚いた黒人を見て、首を振って笑いを堪えるアレマンとペドロが同時に、
「(東洋人はどこだ?)」
「(一番奥の個室に女と入った)」
「(ウエムラ刑事、私達も女と一緒に入れば・・・)」
「(それは自由だが、羽目を外すなよ)」
若さだけが長所のアレマンとペドロは上ずった声で、
「(任して下さい!)」