連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=31

 ありがたい心尽くしだ。しかし、資金も無いので今年一年ぐらいは日雇で仕事をしてお金を貯める計画だった。それで余り乗り気ではなかった。
 そんなある日、旧パトロンの三坂さんがいい話を持ち込んできた。ドゥアルチーナ管内から30キロ程離れた所の耕地が、老人一人の管理で充分に行き届かないから手放したいとの事。息子がいるが親に関心がないらしい。そこは40アルケールぐらいの土地に3万8千本のコーヒーの樹が植えられておる小農場。支払い方法も3~4年払いの好条件だった。
 「一年も日雇ではもったいない、見るだけでも、見たら」と進められ、どうせ休んでいるのだから見に行こうと決め、3人でそちらへ向かった。すると予想以上に良い所だった。場所はアグァ・デ・カヴァーロと云う所で、今のシーチオからカッサドー行きのジャルヂネイラがグラリャの町からその土地の境界線を通るので、交通の便利も良い。
 コーヒーの樹も青々として大して荒れてはいない。勿論、峠の方は大した物ではないが、大半は見込みがあると判断した。コーヒー園を、一巡りした後、耕主の家を訪ねた。すると、あいにく2日前から夫婦でカッサドールの牧場の方に行っていると言われた。売りに出されていると聞いたので下見に来たのだと説明したら、全部見せてもらった。邸宅は外見だと相応の高床式でコーヒー園の全貌が見渡せ実に素晴しい。設備としては邸宅の直ぐ前に四面のテレイロがあり、カフェ倉庫の直ぐ隣はコロノの大きな家。ちょっと下方の耕作地に続いてコロニヤが4軒続いている。
 そして牧場が邸宅を中心に広がり、そこからは所有地のほとんどが一望出来るような、地の理に叶った設備の配置で申し分はない。問題は契約時の入金にかかっているが、今日の下見で一つ発見できた事がある。少なくても、売り手の方は金に困って売りに出して居なさそうだ。相手は牧畜家。交渉次第で現金ではなく、今のシーチオや20数頭の牛を見せたら何とか話がまとまりそうな気がする。親父も兄貴も入金の事を考えているに違いない。おやじには何かの方策があるのか、物件は気に入り、すでに買うことを決めていたようだ。
 帰りは通りがかりのカミニョンに乗せてもらい、早く家に着いた。家では母をはじめ、皆が待ち兼ねて話を聞きたがっているので親父と兄貴がそろって大体の事を説明した。兄貴は、特に面積がここの倍以上あると強調し、見晴らしも最高のところで、出来たら買いたいとはっきり言った。親父は何とかなるだろうと自信ありげに言った。不思議に思っていたら、なんと、トレドで棉を売ったお金が25コント程ドゥアルチーナのコメルシャル(商業)銀行に預金されていると、笑いながら報告した。雰囲気が一変して皆明るく笑い、喜び祝った。
 ところがその喜びもしばらくして一気に飛ばされていってしまった。世情に対してなんという疎さだったのか。ブラジルでは今、日本人の預金は多少に関らず敵性財産として凍結されている事がはじめて分かった。お金は引き出せない。折角訪れた好運も閉ざされた以上、自分が土地を見ながら考え付いた事を、夕食後に打ち明けてみた。
 細かく説明した後、どうだろうかと聞いてみたら、今の場合それ以外に打開策はあるまいと言うのでその場で交渉役を買って出た。そうと決まったら三坂さんを介して交渉を始め、幾日過ぎたら土地周旋家(コレトール)が訪ねてきて正式の交渉に取り掛かった。