第5回 東京とサンパウロのキョリは拡がっている?

 ブラジルをフィールドとするコンサルタントの重要な役割の一つに、進出企業の本社とブラジル支社の意思疎通をはかり、「距離を縮める」というのがある。しかし、なかなかどうして、これが難しい。
 一番手っ取り早いのは、企業のトップにブラジルに来てもらって、しばらく滞在してもらうことだが、東京からサンパウロまでの物理的距離は、18,560km。東京からハワイまでが6,525kmだから、その約3倍。
 ただし、これはあくまで直線距離であって、実際にサンパウロへ行くには、最低一度は乗り継がなければならないし、場合によってはトランジットで数時間以上待たされたり、冬は雪で飛べなかったりと体感距離で言うと、ハワイよりも数倍離れているように感じるため、なかなか来てもらえない。
 ひと夏のバケーションでハワイのビーチに行く人はいるが、リオのビーチに行く人はまずいない。ほとんどの人にとっては、「一生に一度はリオのカーニバル」。それはリタイアしてから、となってしまう。
 東京—サンパウロにヴァリグ・ブラジル航空が飛び始めたのは、今から約半世紀前の1968年。今や、宇宙までスペースシャトルに乗ってわずか8分で到達するらしいが、私がブラジルに来始めた20数年前から、サンパウロ―東京間の飛行時間はほとんど縮まっていない、というよりは逆に長くなっている。
 コンコルドがさらに進化をすれば、少しでも時間は短縮できると期待したが、残念ながら採算が合わずスクラップに。そして、どんどんとトランジット時間を縮めて最後は40分程度になり、おそらくこれまでの最短時間で飛んでいたヴァリグ・ブラジル航空のロスアンゼルス経由は、残念ながらヴァリグが民事再生になり、分割され、GOL等に買われて、この路線自体がなくなってしまい、物理的に距離を縮める方法がなくなってしまった。
 ブラジルは1994年のレアルプランでハイパーインフレが収まり、1990年代後半から2000年代初頭は、著しく経済が発展し、BRICsの一つとして注目が高まり、さらにはインターネットの誕生により、その情報が一気に地球の反対側の日本にまで伝わることを期待した。
 ところが、その頃同時に勃興していたアジアの新興国の情報の方が日本を席巻し、情報格差という意味では、ネットがない時代よりも拡がった。実際に弊社は今でも、日本語でのブラジル情報のあまりの少なさから現地での情報収集や事業計画づくりのサポートを依頼されることが多い。アジアは近いこともあり、旅行での訪問者も多く、ブログやFACEBOOKでの情報発信も多く、情報格差はますます拡大している。
 以前のブラジル出張は成田で飛行機に乗ってしまえば、しばし日本のことは忘れて、ブラジルでの仕事や生活に没頭でき、駐在員も本社からの指示はテレックス、FAXレベルで、定期的に報告をしていれば、かなり自由に事業展開ができた。 ところが、今やネットの無料電話やテレビ会議システム、さらにはメールなどで、1日24時間ほぼ無料に近い金額で連絡がつくようになったおかげで、リアルタイムでのレポートが求められ、銀行口座は監視をされ、本社ペースのテレビ会議が夜の9時、10時から始まり、時差の大きさと距離の遠さをあらためて実感すると同時に恨めしくすら思えてくる。サマータイムの今は特にきつい。
 そして、いよいよワールドカップの年になり、ブラジルが日本のあらゆるメディアに登場し、ブラジルの認知や関心が高まり、日本人のブラジル感も変わり、精神的距離が縮まるだろうと期待してきたが、昨年来のデモや景気の減速と相まって、危険な面や競技場建設が間に合わないといういい加減さ、来伯者からもあまりの情報のなさにみんなに驚かれたり、怖がられたり。
 ブラジルのイメージが変わったとは思うが、それは残念ながら好転ではなかった。そんな中で不本意ながら、日本本社サイドとの認識のギャップが少し埋まったのは、①ブラジルは予定通りには物事が進まず、遅れるのは当たり前、②本当に物価が高い、③危険と隣り合わせでがんばっているし、セキュリティにはお金を掛ける必要がある、という後ろ向きの理解が進んだことだろう。
 もう一歩踏込んで、コストが高く、事業進行が遅く、セキュリティも必須で大変だが、一方政策金利も11・25%と高いのだから、事業資金を多めに積んで、金利を活用することが大切であることをわかってもらいたかったが、本社のそこの理解がなかなか進まない。「それはそれ、これはこれ」とのこと。
 そう言っている間に駐在員も本社も人事異動で入れ替わり、また1からとなり、東京とサンパウロの距離は一向に縮まらない。何とかしなければ…。

 

輿石信男 Nobuo Koshiishi
 株式会社クォンタム 代表取締役。株式会社クォンタムは1991年より20年以上にわたり、日本・ブラジル間のマーケティングおよびビジネスコンサルティングを手掛ける。市場調査、フィージビリティスタディ、進出戦略・事業計画の策定から、現地代理店開拓、会社設立、販促活動、工場用地選定、工場建設・立ち上げ、各種認証取得支援まで、現地に密着したコンサルテーションには定評がある。  2011年からはJTBコーポレートセールスと組んでブラジルビジネス情報センター(BRABIC)を立ち上げ、ブラジルに関する正確な情報提供と中小企業、自治体向けによりきめ細かい進出支援を行なっている。14年からはリオ五輪を視野にリオデジャネイロ事務所を開設。2大市場の営業代行からイベント企画、リオ五輪の各種サポートも行う。本社を東京に置き、ブラジル(サンパウロ、リオ)と中国(大連)に現地法人を有する。