リオ五輪で抗議行動は起きるか?=W杯で大統領が罵倒された理由=階級間憎悪のメカニズム

 2013年6月のサッカーのコンフェデ杯期間中、ブラジルの都市部では10万人規模の若き市民が街頭に出て「サッカー競技場より教育や医療に投資を」と訴える抗議行動を行った。「〝サッカー王国〟ブラジルで反W杯の抗議行動」という衝撃的なニュースは世界中を駆け巡った。先進国のマスコミには、同じ頃に起きていたエジプトやシリアの民衆蜂起と同列に扱うような論調もみられたが、それらの国と根本的に異なるのは、ブラジルはとっく独裁制を〃卒業〃している点にある。また景気低迷に苦しむスペインやギリシャなどと違って失業率は史上最低、対外債務も少なく、当時は停滞こそしているがプラス経済成長が確保されていた。にも関わらず、なぜ大規模な抗議行動が起きたのか? そしてリオ五輪ではどうなのか。

#gallery-1 { margin: auto; } #gallery-1 .gallery-item { float: left; margin-top: 10px; text-align: center; width: 33%; } #gallery-1 img { border: 2px solid #cfcfcf; } #gallery-1 .gallery-caption { margin-left: 0; } /* see gallery_shortcode() in wp-includes/media.php */

 13年6月の抗議行動(以下、「6月抗議」)の前、中産階級の間ではある暴言に大きな注目が集まっていた。13年5月、労働者党(PT)政権発足10周年を記念するシンポで、〃労働者党の女王〃とも称されるマリレネ・シャウイ教授(サンパウロ州立総合大学)が、「中流階級はバカで保守的、暴力的なファシストだから憎む」と感情むき出しで罵倒する演説をぶった。これにより、同党が実は「中流層=ブルジョアジー階級」と認識していることが明らかになった。
 6月抗議の参加者には、BRICSと呼ばれるようになったこの10年の間に、大学へ進学・卒業した「新興中流層」2、30代の若者が多かった。彼らは、既成の政治団体に対して強い嫌悪感を持つ特徴があり、その気持ちを逆なでしたのが、シャウイ発言だった。週刊誌『Veja』サイトの同記事頁には、なんと1100以上もの反発コメントが書き込まれ、この層が労働者党に嫌悪感情を爆発させ始めた。
 この新興中流層は既存の政治団体によらずに、社会を良くする手段を漠然と求め、燻ぶっていた。そこへ暴言という油が注がれた。6月抗議も最初は小さなものだったが、デモ隊が警察に暴力的に鎮圧される刺激的な場面がテレビに繰り返し映された。その様子を見た若者らは、「世界中のマスコミが集まる今、テレビで注目を浴びれば外国の関心を呼ぶことができ、それが国内権力者に対する圧力になる」と理解した。
 それが「ネットとの連鎖反応で燎原の火の如く広がった」と同大学のデメトリオ・マギノリ教授はみている。当地では近年注目されるようになった新保守主義(ネオコン)論陣の一人だ。

親世代は軍政にトドメ刺す

 6月抗議の中心になった2、30代の若者の親世代の多くは、80年代に軍事独裁政権(1964年開始)に対して大統領直接選挙を請願した「ジレッタス・ジャー運動」(1983~84年)を実行した世代だ。100万人規模の平和的な民衆デモが起こし、それが軍政にドトメを刺し、民政移管の直接の引き金となった。
 2010年前後から「アラブの春」とか「東欧民主化」と呼ばれる独裁政権を打倒する動きが立て続けに起きているが、南米では80年代がその時期だった。
 「非暴力抵抗運動の父」として注目される米国人政治学者ジーン・シャープがいう「デモ行進の先頭に若い女性を配して警官や兵士に友好的雰囲気を醸成する」ことは、60年代から当地では実行されていた。1968年の軍政反対デモ行進の写真には、すでに着飾った女性が手をつないでデモ隊の最前列に並んでいる。
 民政移管後もこの世代は、1992年に「コーロル大統領罷免運動」を起こし、民主的な手続きにより国の最高権力者を倒した。この二つの運動は、いずれも1年以上かけて左派政党が運動を広げて組織化したものだった。民衆による抗議行動は、歴史的に政治を動かしてきた。
 80年代に彼らを抗議行動に参加させ、デモの理論的な支柱となったPTなどの左派政党を、この世代が支持して2003年に政権を取らせた。ところが、同党幹部による連邦議会の他党議員の票買収疑惑「メンサロン事件」が起き、右派政党と実態が変わらないことを痛感させられ、深い失望が広がっている最中だった。
 だから、その子ども世代が起こしたが6月抗議では、党派、組織を嫌い、突発的な運動となった点が親世代と大きく異なる。

コーポラティズムを超えて

 マギノリ教授いわく、ブラジルの政治経済体制は「コーポラティズム」を特徴とする。いかなる個人も、会社や組合、政党などの組織の一員としてしか政治への発言権が持てないというものだ。
 この考え方が幅を利かせるため、業界利益を最優先する要求ばかりを突きつける傾向が強い。例えば、バス労働者組合や地下鉄労働組合などの賃上げ、景気上昇に伴う都市部の家賃高騰に苦しむ下層労働者による「低所得者向け住宅の建設加速要求運動」(MTST)などだ。彼らのストは一般人を犠牲にする。
 同様に、南米が誇るサンパウロ州立総合大学(USP)の教職員ストは今年、過去最長の3カ月以上を記録した。頻発する教育関係者の待遇改善ストの典型で、学生に対するしわ寄せは深刻であり、「教育の質」を求めるはずの教職員が、学生を犠牲にする矛盾が生まれている。
 コーポラティズムでは業界利益を優先する傾向が強く、社会運動が社会全体を良くするための動きに発展しにくい弊害も生まれていた。
 6月抗議はむしろ、そんな業界別の利益を最優先する政党や組合への嫌悪感が強い若者が、コーポラティズムでは解決できない「社会全体」の問題、教育や医療などの現状への不満の声を、街頭で直接に世界へ発することで社会を変えようとしたものだった。