特別寄稿=心配なサンパウロの水事情=貴方の家の水は大丈夫?=駒形秀雄

 暑いですね。こう暑いと何だかこうおっくうになり、面倒なことはつい「後で又」となってしまいます。ボンヤリとテレビなどを眺めていると、新しくサンパウロ州水道公社(SABESP)の社長になった人が話しています。「最近の雨にも拘わらず、水不足は深刻である。このような降雨状態がこれからも続くならば、サンパウロ一の水がめカンタレイラ(貯水ダム)は3月には空っぽになる」と甚だ穏やかでないことを言っています。その後には州知事まで出て来て、「水不足は問題だ。給水制限は既に昨年から始まっている」と、まるで10月の選挙前まで「水は大丈夫だ。断水などはない」と明言していたことなど忘れたような説明振りです。

 毎日雨が降り、場所によっては水害がひどい、と連日報道されているのに、これは大変です。早速、大サンパウロ圏の水状況を調べてみた要点を「駆け足」で御報告致します。貴方の家の水は大丈夫か? 面倒なことは「後で又」で済ませられることか? どうぞ皆様も御一緒に考えてみて下さい。

サンパウロの水はどこから?

 大サンパウロ圏の取水、浄化、配給はサンパウロ水道公社の所管となっており、サンパウロ市を中心とする33の市町村がそのサービスを受けています。(この地域を以下単にサンパウロと言います)ここで給水される域内の人口は1900万人です。1900万人と一口で言っても、パラグアイ国全体の約3倍ですから、その規模の大きさが想像できますね。
 この域内で必要とされ、供給されている水の量は毎秒6万リットルで、その水源は域内の川にダムを作って確保しています。取水源は数カ所有りますが、その中で大きなのは「カンタレイラ」「グアラピランガ」「アルト・チエテ」などです。
 給水系別に色分けして地図をつければ分かりやすいのですが、白黒のみの新聞では表示に無理がありますので、別掲の表にしました。ご覧下さい。サンパウロ周辺には(日本のように)高い山が無いので周辺各地の水源をかき集めて、何とか現在の需要に応えていることがうかがわれます。この表の中の貯水率というのはダム(湖)が満杯になった時を100%として表示していますので、雨季に入った今で大口水系の貯水率が20%~30%と言うのは、この先の懸念材料だということが理解出来ます。

もう後が無いカンタレイラ

 サンパウロ水源の内で最大なのがカンタレイラ水系(SISTEMA CANTAREIRA)です。この水系はアチバイーニャダムなど6カ所のダム(湖)を水路、トンネルなどでつないだ一連の系統をさし、貯水容量は9億9千万立方米。水源の地域としてはミナス州境に始まり、ブラガンサ、アチバイア、マイリポランなどが含まれます。この水がカンタレイラ山脈を越えてサンパウロ市内に配給されているのです。この処理水量は世界でも大きい方にランクされ、建設時にはトップの米国シカゴに次ぐ2位で、3位に東京のアサカがありました。
 ところがこの肝心のリーダー『カンタレイラ』の水がもう無いのです。昨年後半に通常の貯水を使い切り、現在ポンプの取水口よりも下にある『底水』(VOLUME MORTA)を汲み上げており、それさえも貯水率6%となってもう後が無い。専門家の見解でも「カンタレイラは6月には干上がる」との事ですので、社長の3月終末説もまんざら誇張でもないのです。

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日本のポンプも活躍

 ここで私も関係したエピソードを一つ紹介致しましょう。1960年代サンパウロの人口は480万人程度でしたが、当時急速に膨張しており、将来の水不足が予見されていました。それで、それまでバラバラにあったサンパウロ周辺の市町村の小さな配水会社を集め、サンパウロ都水道公社(COMASP)を結成したのです。
 これにより給配水系を統一合理化し、大きな資金を集めて新しいダム、貯水湖を建設しようと言うのです。計画は立派なもので、将来のサンパウロの900万人の需要に応えられるような用水を確保しようと言うものでした。
 この計画の中にカンタレイラ山脈を越えてサンパウロに水を送る大規模な揚水場建設があり、能力11m3/sec(毎秒/立方米)のポンプ4基の購入が予定されていました。
 当時私は日本の商社『丸紅』に居て、何か面白い仕事はないかと探していたところです。早速これを日本に連絡してポンプメーカー日立の窓口を確保し、一方、買主たるCOMASPへも何回か足を運びました。応札希望の丸紅や日立の宣伝、ポンプの優秀性などを説いて回ったのです。当時は日本のメーカーや大型機械などを知っている人は殆どなく、一からの説明が必要だったのです。
 入札の日が近くなってから、日本から日立の人が来ることになり、丁度よい紹介映画があると持って来ました。内容は良く憶えていませんが、多分東京都かどこかが作ったもので、オリンピックを前にして東京圏の水不足が予想され、それを解決した話だったと思います。

東京五輪の映画で契約

 私はここが大事とばかり、COMASPの社長以下幹部、関係者を集めフィルムを映写しました(当時はパソコンもヴィデオも無かった)。映画は余り長くなく、カラーのきれいなものでした。そして最後に都心の公園かどこかの噴水が映し出され、豊かの水がキラキラと輝き噴き出る様子、満足そうな人々の顔が現れました。
 「こうして東京都民は水不足の心配から解放され、豊な気持ちで無事オリンピックを迎えることが出来ました」とナレーションが響きました。映し終えると既に親しくしていた社長が寄ってきて、「良い映像を有り難う。我々はまさにこういうことをこの地に実現したいんだ」と握手してくれました。私も大いに面目をほどこし、「良い営業が出来た」と思った次第です。
 後日、COMASPからこのポンプの注文書を受け取りましたが、日立の人によると「11M3/SECと言うポンプは今まで作ったことの無い大型の記録品だ」との事でした。また、COMASPはその後他の用水関係機関と合体し、1973年、SABESPとなっています。

それでどうなる(どうする)?

 「サンパウロの給水の三分の一を占めるカンタレイラ水系の貯水が6%位しかなく、早くて3月、おそくも6月にはゼロになると言うのでは、この水に依存して住むサンパウロ市民には大問題です。水道公社、その管轄者サンパウロ州とも対策を考えてはいます。
 曰く
(1)この地区の排水を再処理して湖に戻し、後これを上水に使う――このリサイクルというのは良い案ですが、下水を又飲むのか?という『気持ち』の問題のほか、使える量が限られているので、根本対策にはなりません。
(2)川の源流地域でよそへ流れている水(川)の流れを変えてカンタレイラ水系に流し込む――これはサンパウロには良い案ですが、まさに「我田引水」そのもので、水を取られる下流都市が黙っていません。早くもサンジョゼー、リオ方面から抗議の声が上がっています。
(3)それで水当局が目下唱えているのが『節水』です。「水を大切に使って下さい。後がありませんよ」です。そして水の供給量を減らし、カンタレイラ水系では通常なら3万3千リットル/Sの供給を、1万3千リットルL/Sに下げています。これが水圧低下につながり、中心から遠い所、高地での水道の水が出にくい事の原因になっています。
 当局は「水問題は降雨次第、雨の神様サンペードロの力を借りよう」といっています。が、情けない。「これが責任者の言葉か」と誰でも思いますよね。

人工降雨で水不足解決?

 さて、ここに一つの案があります。それは『人工降雨』です。実は東京でも2年ほど前に水不足の懸念があったのですが、水源地への人工降雨実施でこれを切り抜けているのです。現在雨はあり、降るところでは降っているのですから、必要なところに降らせれば成功の可能性はあります。
 サンパウロの様な大市街地ではビルで熱せられた熱気団が上にあがり、これが上空の寒気にあって豪雨になる。
 それで市街地にあるグアラピランガ(サントアマーロ湖)地区では強い雨が多く、ダムの貯水量も増えています。対するカンタレイラなどではこの熱気団の上昇がなく、そこでの雨がすくない、のだそうです。簡単に言えば、サンパウロ市街の雨を水源地に降らせればよいのです。
 『水は天から貰い水』には違いないのですが、ただ歌を唱って手をこまねくのでなく、雨を降らす方法、雨を降らす雲を水源地に導く方策はないものでしょうか? 東京の例、技術が参考になるかも知れません。日系には今井さんという「雨屋」も居ります。雨雲のある今の内に手を打ちたいところですね。
 『暑いね、面倒なことは後で又』とぐずっているとカンカン照りの乾期に入ってから、『水が切れた』と慌てても間にあいません。雨雲のある今、対策を講じたいものです。人工衛星が空飛ぶ時代、明日の飲み水も確保出来ないのでは、何のための公社経営、何のための近代技術となります。半世紀前のCOMASPに手本があります。(ご意見は=komagata@uol.com.br