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柔道=赤道直下で〃寒稽古〃再開=10年ぶりに北伯3都市で=ポッソスの松尾三久さん=原石求め150人を指導

 ミナス州ポッソス・デ・カルダス在住の柔道家、松尾三久さん(72、東京)が1月中旬、10年ぶりの寒稽古巡業を行なった。1990年代にはブラジル各地からの要望を受け柔道指導を展開するも、経費増などを理由に休止していた。しかし昨年、家族の協力を機に再開する目処が立ち、赤道直下のアマパー州都マカパ、アマゾン河対岸のパラー州都ベレン、同州パラゴミナスの3都市で、約150人に熱血指導が行なわれた。

 〃寒稽古〃とは本来、厳冬の時期に武道や芸事の修練を行うこと。『精神鍛錬』という目的から、松尾さんは時期や地域を問わず、そう呼ぶ。
 第43回パウリスタ・スポーツ賞(99年)の受賞者でもある同氏は〃寒稽古屋〃として、90年からサンパウロ州バストス、南麻州カンポ・グランデ、コルンバ、パラー州ベレン、北大河州ナタルなどを寒稽古して回っていたが、05年7月を最後に活動を休止していた。
 「飛行機代や滞在費が妨げになり、各地から呼ばれなくなってしまった」と残念そうに理由を明かす松尾さん。04年8月には本紙でも7回にわたり活動の様子を掲載したが、翌年には休止に追い込まれていた。
 転機が訪れたのは昨年7月、「五男がアズール航空のジェレンチになってね。おかげで飛行機代が浮くようになった」。これが寒稽古再開のきっかけとなった。
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 松尾さんは東京農大を卒業した65年、農業移民としてパラー州パラゴミナスに入植した。ベレンから南へ300キロの熱帯雨林地帯で3年間を過ごすも、見切りをつけブラジリアへ。サンパウロ州、パラナにも移り住み、10年は鍬を振り続けた。
 その途中、パラナ州ロンドリーナで柔道指導を始めた。地元カントリークラブから稽古を頼まれたことがきっかけだった。学生時代は柔道に励み三段を所持していたものの、「それも過去の話。自信もなかったし一度は断った」というが渋々承諾。いざ道場に出向いてみると、「何度も倒されて逆に稽古をつけられた」という有様だった。
 「負けてなるまい」と奮起して練習を重ね、76年にはブラジル講道館有段者会の岡野脩平さん(現名誉会長)、当時ミナス州ベロ・オリゾンテ在住だった役員の岩舟貢さん(故人)らの要望で、ポッソスに柔道移住した。同地で道場を構え、指導に打ち込んでいる。
 今回の寒稽古では2週間かけてマカパ、ベレン、パラゴミナス3都市を回り約150人を指導した。「熱心に練習に打ち込む姿があった。指導に対しても素直だった」と手放しに称賛、「ベレンあたりで世界チャンピオンを育てようかな」と冗談交じりで話した。
 ベレン柔道関係者からは「こんな指導はあなたにしかできない。来年はさらにもう2カ所で」と打診された。「3カ所で手一杯だったから、それ以上回るとなると厳しい」とうれしい悲鳴も。
 「地方は食べ物も違うし疲れも回復しづらいんだ。いつ倒れてもいいように生命保険を準備しなきゃな」と豪快に笑ったが、「望まれる場所にいけるのはうれしい。原石を磨いて良い選手を送り出したい」と、衰えぬ意欲を見せた。

【大耳小耳コラム】

 11年ぶりに寒稽古に出向いた、柔道家の松尾三久さん。今回指導した150人の内、日系人は三世の女の子一人だけだったらしい。見方を変えれば、それだけブラジル普及が進んでいるといえる。経費増を理由に、各地からの声が掛からなくなったのだが、地元で指導者が育ち、他所からコーチを招く必要がなくなったという部分もあるかも。
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 松尾さんの教えの基本は、講道館が提唱する正統派柔道を叩き込むことだそう。「今ブラジルでは、反則を誘って勝つ柔道ばかり。本来あるべき武道精神を教えなければ。それが柔道の第一歩」と熱をこめた。気持ちが高まったのか、取材中にも関わらず、記者を相手に組み手の実技講習が始まり、危うく投げられそうに…。こうした熱意が〃寒稽古屋〃の魅力なのだろう。