寄稿=リオ五輪を前に原点見つめる=5月に上村春樹館長来伯へ=ブラジル講道館柔道有段者会会長 関根隆範

ブラジル柔道連盟のパウロ・バンデレー会長

ブラジル柔道連盟のパウロ・バンデレー会長

 昨年8月、安倍晋三総理が来伯された折、ブラジル柔道連盟のパウロ・バンデレー会長は、ブラジルの柔道人口は約200万人を越えたと安倍総理に伝えました。この数字は今まで世界最大の柔道人口を持つと言われていたフランスの約60万人、日本の約40万人を大幅に越える柔道人口と言う事になります。パウロ会長は、「この数字はブラジル・オリンピック委員会、世界柔道連盟にも登録されている」と言っていますので、だとするとブラジルは、世界最大の柔道人口を持つ国になったのだと言えましょう。
 こうした最近のブラジルの実態を見つめつつ、私どもブラジル講道館柔道有段者会では、先週3月第2週に本年度の会の定例総会を開きました。この総会には、ブラジル柔道界最高峰の9段の先生が4人招待され、夫々、思い思いに講道館柔道について、お考えを語られました。一方、総会では、今後の会の活動、指針についても語られ、確認されました。

講道館の上村春樹館長

講道館の上村春樹館長

 当会の名誉会長であり柔道9段の岡野脩平氏は、戦後のブラジル柔道を大きく牽引した指導者の一人と言われている指導者です。この岡野名誉会長自ら、将来に向けた指針を明確に、会の定款に記載しておくことを昨年の総会で提案し、主要会員とそれを検討し、一年間かけて煮詰めてきました。その結果、今回の総会でこの提案が最終的に議題として取り上げられ、全員一致で承認されました。
 ブラジルの柔道は、100年前に日本人移民が当国にもたらしました。その柔道人口は、日本人移民達の努力で増加を続け、拡大して来ました。更にその普及は、二世、三世へと受け継がれ、現在ではその95%以上がブラジル人で構成される国民によって受け継がれたスポーツへと変遷してきました。その普及のスピードも加速され、柔道への理解も徐々に多様化し、ダイナミックに変化を始める時代になってきたと言えましょう。
 この機会に、新しい時代に向けた道筋を指し示す大切な時期と我々は考え、同時にその質的向上を目指すための、柔道指導者達への適切な提言が大切だとも思いました。
 講道館柔道は、嘉納治五郎師範が、武士道、柔術等をもとに、近代スポーツとして世界に広がる文化に作り上げたもので、創設以来133年を経て、今や、世界の隅々にまで浸透してきました。千何百年以上も昔から日本人が築いた武士の哲学、生き方が世界の殆どの国々(国連加盟国数より多い200カ国以上の国々)で愛好され、幼少年の教育に有効な教育、人間形成に役立つ文化として理解され、その普遍性を持った文化の一つになりつつあると言えるのではないでしょうか。
 柔道は、競技自体が目的ではなく、稽古を通じて、子供達に生きる力を強めさせる教育として創設され、日本の2千年の歴史が育んだ珠玉の文化であると考えても間違いないのではないでしょうか。近代オリンピックの創設者フランスのクーベルタン男爵はどうしても東洋の柔道をオリンピックに参加させたいと、熱心に嘉納師範を説得した逸話は有名です。
 しかし、嘉納師範もクーベルタン男爵も、その後、近代オリンピックは華麗に世界の最大スポーツイベントして拡大しましたが、一方、斯くも商業化しながら拡大してきたオリンピックのあり方について、二人はどのように見ているでしょうか。
 岡野名誉会長は、ブラジル講道館柔道有段者会の新定款に、下記のようにその指針を提案し承認されました。
a)ブラジル講道館は、嘉納治五郎師範の創設した、講道館柔道を正しく普及させることを第一義とする。
b)柔道は〃精力善用、自他共栄〃の理念を掲げ、身体を強健にし、智徳を向上させ、社会に有用な人材を育成することを目的とするスポーツである。
c)社会に有用な人材とは、世界の歴史、文化を学び、先人達の残した伝統的な規律を尊び、自己を律し、他を思いやる、国際性豊かな人間性を有するものを言う。
 具体的には、柔道の哲学的教えの実践を通じて、人間形成に寄与する事を目的とし、様々な活動、行動、行為を通じて、人間開発指数(HDI)を上昇させることを目的とする。
 それは人権の尊重及び大自然との共生、さらなる人道的世界の構築、合理的で平和な生活を追及する事である。そして法を遵守し、普遍性、道徳性、公共性、及び社会生活の効率を考慮し、人種、男女、その他の差別を排除する」としました。
 私どもブラジル講道館柔道有段者会は、日本移民が開設した古い伝統ある会であり、講道館とブラジル柔道連盟の絆を強める役割に徹し、段位や帯の色、オリンピックのメダル獲得競争とは違う、本来の柔道の在り方を考える会として、中堅のブラジル人柔道指導者達を中心に活動を続けて行こうと考えています。
 この5月には、日本の講道館の上村春樹館長初め、10人近い講道館のトップの指導者をお招きして、サンパウロのイビラプエラ南米講道館で、講道館講習会が開かれることが決定しました。
 基本となる形の講習会が中心ですが、同時に講道館柔道の話を直接講道館館長や諸先生から聞き、勉強する会として催され、ブラジル柔道連盟パウロ会長と講道館が提携して行う柔道家の勉強会です。

岡野修平9段

岡野修平9段

 我々ブラジル講道館柔道有段者会も微力ながら協力し、実現される事になっています。講道館の形は、「理合い」(自然界、人間社会の合理性、道筋)を基本原理としたものであり、その原点を学ぶ、重要な機会でもあります。
 このイベントは120周年を迎えた日伯友好120周年記念事業として両国政府、外務省が全面的に支援し、現地の大使館、総領事館、国際交流基金が協力して進められることになっています。多くの柔道指導者がこの講習会に参加され、本国の講道館柔道を学ぶ機会になると良いと期待されます。
 ブラジルは、経済規模こそ先進国の仲間入りをする規模となってきました。しかしそれを構成する人的資源は、依然として絶対的に不足しており、あらゆる部分で教育が遅滞したまま、走り出している状況でしょう。
 豊かな自然と、それを育てた心の大きさを包含する民族国家ではありますが、その質的な変化が今こそ必要とされています。我々は人間本来の正しい教育の価値を見出すための勉強の必要性を強く認識しており、自ら始めねばなりません。
 柔道の修業だけで、人格が形成されるとは思われませんが、智育、徳育、特に徳育の大切さを指導することによって、社会に貢献する人材を育てることが出来ると考えております。
 世界最大の規模になった柔道人口をもつブラジル指導者は、各人がしっかり柔道の理念と目的を修業者に伝え、一人でも多くの人が国を愛し、社会に貢献する誠実なブラジル人に育つよう努力して行くことが今こそ大切と考えます。
 来年のリオオリンピックと東京オリンピックを結ぶ大切な時期に、今後5年、10年の我々柔道関係者が両国を柱に、少しでも夢のある、未来の世界に向けた歩みが始める事を祈念せずにはおられません。