ガウショ物語=(18)=老いぼれ牛=<1>=人も時に畜生よりむごい

2011年のフェスタ・デ・カンペイラ(牛飼い祭り)の様子(Foto Eduardo Seidl/Palacio Piratini)

2011年のフェスタ・デ・カンペイラ(牛飼い祭り)の様子(Foto Eduardo Seidl/Palacio Piratini)

 いやはや!……人間ってのは、時に畜生よりも酷(むご)いことをする!
 お前さんだって、身の回りをみれば、惨たらしい場面に出くわしたことが何度もあるんじゃないかな。……そうさ、わしには忘れられん話がひとつある……。たぶん死ぬまで忘れられんだろうな……、ちょうど、女乗りの老いぼれ馬に乗って尻を真赤に腫らしてしまったことが忘れられんようにね……。
 あの湖のある、シルヴァ親方の農園でのことだった。ほれ、政治屋のシルヴァ、いつも選挙の時に投票者を集めるのがうまいあの御仁だ。
 農園からあの小川まで十丁ほども離れてないだろうな。そこは家族の水浴び場で、岸にサランジの潅木が茂みを作っているところが、大きく半月型に曲がっていて、砂がたまってちょうどよい浅瀬になっていてね。
 反対側が崖で、まるで植えたみたいに野性の果実の木がたくさんあった。グァビロバ、ピタンガ、アラサ、グァビジューなんかが時季になると地面いっぱいに実を落とす、とても結構な場所だったよ。
 いま言った通り……あまり遠くないから歩いてでも行けそうなもんだが、あの一家はいつも牛車をつかった。二頭の牛に引かせてな。おとなしい牛どもで、奥さんたちが手綱を引いて、子どもらにも小枝ひとつで従っていたがね。
 去勢オスが二頭。まあ、辛抱強い、気のながいやつらで、一頭はドウラードという金色がかった茶色。もう一頭はカビウーナと呼ばれた黒牛で、片方の綱をかける方の耳が白く、あごに傷跡があった。
 わきまえが良いとでもいうのか。朝、家族がジャクバ(牛乳に蜂蜜とキャサッバの粉を入れたもの)を飲み終わり、子どもらがパンを頬張りながら庭に飛び出し、黒人の手伝い女どもがタオルを手に支度をはじめて、最後に奥さんたちが現れる。その頃には、二頭の牛はゆったりと反芻しながら、使用人のだれでもが牛車につなげるのを、待っていましたととばかり位置についていたもんだ。
 こうして、同じことが繰りかえされながら、何年も何年もが過ぎていった。
 冬場はゆるい丘になっている野原に開放されるんだが、家の裏手には都合よく牛どもが集まって休んだり反芻したりできる場所があった。冬でもときどき暖かい日があると、二頭はまるで水浴びに行くのだろうかとでも聞くように、家の近くまで降りてくるんだ。それを見ると子どもらが喜んで牛の回りを飛び回って、大騒ぎしたもんだ。
「ドウラードがきた!カビウーナがきた!オー!……オー!……」
 子どもらの誰かがトウモロコシやカボチャの切れ端を見つけてきて、牛にくれてやる。牛どもはゆっくり、ゆっくり、涎を垂らしながら口を動かし、それを見ながら子どもらは笑いこける。
 しかしな、分るだろうが……。時がすぎていき、子ども達は娘になり、青年になった。結婚して家庭を持ち、子どもが生れ、家族が増えていったんだ。しかし、とにかく、いつも変わらず若奥さんたちがいて、子どもらがいて、今はもう老いてしまった二頭の牛、その牛にひかせた牛車で水浴びにいくことは同じように繰り返されていったんだ。
 ある朝、夏の終わりの頃だったが、ドウラードが腫れて硬くなって死んでいるのが見つかった。きっとヘビにでも噛まれたんだろうな。
 ひとりぼっちになってしまったカビウーナは寂しがって、何日もの間、死んだ相棒の周りで草を食んだり、横になって反芻したり。たまには死んでるやつの方に首を伸ばして啼いたりしていた……。
 わしが思うに、老いぼれ牛は――何てったって、角がすっかり分厚く硬くなっていたからな――、懐かしさに我慢できず、まるで死んだ相棒に、昔のように一緒に水を飲もう、一緒に草を食もう、一緒に牛車を引こうと呼んでいるみたいでなあ……。
「畜生だってバカには出来ん……分るんですよ……。彼らの言葉で会話ができるんだ……」(つづく)