ニッケイ俳壇(835)=富重久子 選

   サンパウロ         山本 紀未

『旅人木』は旅人ヤシとしても知られるマダガスカル原産のバナナに似た植物(Foto Talos at the German language Wikipedia [GFDL (httpwww.gnu.orgcopyleftfdl.html) or CC-BY-SA-3.0 (httpcreativecommons.orglicensesby-sa3.0)], via Wikimedia Commons)

『旅人木』は旅人ヤシとしても知られるマダガスカル原産のバナナに似た植物(Foto Talos at the German language Wikipedia [GFDL (httpwww.gnu.orgcopyleftfdl.html) or CC-BY-SA-3.0 (httpcreativecommons.orglicensesby-sa3.0)], via Wikimedia Commons)

 旅人木人生航路七転び
【「旅人木」は、マダガスカル島原産で芭蕉科、高さ二十メートルにも達する木でブラジルの秋の季語である。その葉は扇の様に広く根元に大きな瘤があり、蓄えたその瘤の水を旅人が呑むと言うことから「旅人の木」として俳句人が句に詠み、私も好きな季語である。クルビ、ピネイロスにはこの木があって見に行ったが、見上げるほどの大木で綺麗な色の大きな瘤を蓄え叩くといい音がした。
 この句は読んでその通り、分かり易く淡々とした読み振りでありながら、その「旅人木」と「人生航路」の絆としての季語のよい選択である事に驚く。】

 分限者の一島占める旅人木
【金持ち、財産家などを呼ぶのに「分限者」と言う言葉はこの人ならではの選択。一句を読み目をつぶると、離れ島の別荘に旅人木をはべらし、悠々自適の暮らしをしている分限者の様子が浮んで来る。九十五歳の矍鑠たる作者の巻頭俳句であった。】

 秋燈や恩師の周忌無事修め
 秋の人歌ひ続けて「花は咲く」
 秋燈や四方にメトロの走る街

   サンパウロ         平間 浩二

 秋燈や起承転結筆措きぬ
【「起承転結」(きしょうてんけつ)は普段あまり使わない言葉であるが、物事や文章などがスムーズに進まず整わない時などに使う。
 この句の作者は、俳句を作り、文章を書き熱心な努力家である。その彼にもこうして思いのままに書けず行き詰まる事もあるのであろう。秋燈の下、あきらめて筆をおき胸の想いを鎮めている様子が伺えて、しみじみとした佳句である。】

 良き艶とほのかな香り今年米
【二句目、本当に新米の艶と仄かな香りは優しく懐かしい。素直な良い句であった。】

 阿武隈の我が里溯る(のぼる)鮭の群れ
 老いてなほ尽きせぬ想ひ残る虫
 澄み渡る月天心に街眠る

   サンパウロ         菊池 信子

 風流な異名多々持つ蛍草
【「蛍草」は何処にでも咲き、門べや小道のほとりなど朝は露をいっぱい受けて、ゆらぎながら深い藍の美しい色で咲いている。
 この句にあるように色々な名前で呼ばれている。露草、月草、かまつか、ばうしばな、など。身近な風流な愛する野花を詠み、心に残る佳句であった。】

 月光を浴びて咲くてふ蛍草
 清か(さやか)なる瑠璃の花びら蛍草
 蜩やうだる日もよく澄む声で

   サンパウロ         林 とみ代

 かなかなの鳴くお寺なる法事かな
【「かなかな」は蜩の別称で、これが鳴き始めると何となく秋が来たなと感じる。蜩は良く葬列について行く時、林の側で鳴き声を聞いたりするが、少し淋しい。そんな蜩が、ある日の法事の席から聞こえてきたのであろう。秋らしくしみじみした佳句である。】

 紫のしづく抱きて蛍草
 露草のやさしき色に布染めて
 テープ投げ月の波止場に別れかな

   ファッチマ・ド・スール   那須 千草

 露草に枯葉剤まく婿の居て
【少し心情的な俳句である。俳句を詠む作者には小さな野花にも心が通う。まして「露草」は秋の季語で良い俳句を詠みたいところ。
 枯葉剤を撒いて雑草をなくす作業のお婿さんを、遠くから見ている作者の姿が見えるような一句で、心に残る良い句である。】

 飼犬のタツー生捕る夕月夜
 満月に雨が降るよと空を見る
 天を見て雨を占ふ月の傘

   サンパウロ         森井真貴子

 ドレス着て祝ふ異国の雛祭
【子供の小さい頃は、略式でありながらも紙雛などを机の上に飾ってお祝いをしたが、日本のように和服を来て白酒を頂いてなどとは到底できることではなかった。
 この句の様に、可愛いドレスを着てお祝いするのも異国情緒で、かえって愛らしい。優しい母親の笑顔の見えるような一句。】

 夜長の灯酒に夢見るひとり鍋
 故郷(くに)想ふなみだの数か草の露
 子たち寝てこれから母の夜長かな

   コチア           森川 玲子

 破調句の尾崎放哉や旅人木
【「尾崎放哉」は俳人で本名は秀雄。要職を捨て放浪生活から、口語自由律の絶唱を生む。句集に「大空」(たいくう)がある。
 この破調俳人の俳句と「旅人木」と言う季語の取り合わせが、中々よい。
    「尾崎 放哉」
〇咳をしても一人   
〇足のうら洗えば白くなる
〇春の山のうしろから烟が出だした (辞世)】

 百人一首木札で競ふ萩日和
 百人一首萩詠む歌のなかりけり
 新米にこしひかりの名ブラジル産

   サンパウロ         橋  鏡子

 朝の市菜虫納まる籠の中
【「菜虫」は秋菜、大根、蕪につく虫の総称であるが、朝市で野菜を買って籠に入れて帰り台所に取り出すと、ころころ転げだしてくる菜虫。愛らしくてつぶす気にはなれないが、薄緑で死んだ振りもする愛嬌もの。
 「籠の中」に納まっている、という一寸ユーモアを利かせた楽しい一句。】

 流れ星誰にも履けぬ靴遺し
 風説に尾鰭つきもの花ベイジョ
 秋はそこ窓打つ雨の十五階

   サンパウロ         大原 サチ

 沈黙の一人旅なる野路の秋
 小鳥来る園に寛ぐベビーカー
 復活祭聖歌流るる朝のミサ
 秋時雨傘突きあはせバスを待つ

   サンパウロ         畠山てるえ

 静けさや袋小路に小鳥来る
 一団にズックが多し野路の秋
 今摘みし間引菜の浮く汁の椀
 三日月や携帯の鳴る帰り道

   サンパウロ         篠崎 路子

 競り市や秋刀魚まみれの男衆
 路地裏に立ち込む煙秋刀魚焼く
 米研ぐ手休めて次の流れ星
 外つ国に逝きしと知らせ流れ星

   サンパウロ         竹田 照子

 忘れやう尚忘れ得ぬ夜長かな
 朝顔の紫紺大輪散歩道
 旅の日の想ひ出木の実首飾り
 露草の薄紫も凜と咲き

   サンパウロ         玉田千代美

 星月夜逢ひたき人に逢ひし夜も
 長き夜や夫の好みの曲を聴き
 人の世を案じ眠れぬ夜長かな
 帰らざる人を知りつつ月眺め

   サンパウロ         原 はる江

 物干せば眉月白く笑む如し
 米寿まで生きてしみじみ月仰ぐ
 蜩も虫の音もなき暮らしかな
 一眠り二眠りして夜長かな
【お互いに歳を重ねると何もかも若い人のようにはいかない。あまり早く寝ないでも、ふと目が覚め“ああ、まだ二時なんだ”と思い又横になって本を読んだりして紛らわす。
 「一眠り二眠りして」とは、良い言葉の佳句であった。】

   サンパウロ         佐藤 節子

 好きな本繰り返しよむ夜長かな
 蝉の声ぴたりと止んで蝉袋
 秋の朝雷一つ後は無く
 秋の朝隣のビルの窓数へ

   サンパウロ         上村 光代

 満月の陰ふみ遊び懐かしき
 蝉の鳴く山道歩く楽しさよ 
 ちりばめる朝露に日が輝ける
 秋の夜やダイヤ一杯見ゆる空

   セザリオ・ランジェ     井上 人栄

 テレビにも飽きて夜長を持て余す
 露草や七色雫転げ落ち
 満月やふるさと巡りの旅の宿
 蜩や夕餉の支度せかされて

   リベイロン・ピーレス    中馬 淳一

 娘が作るゴヤバーダてふ駄菓子かな
 色々の蝶が舞ひ来る狭庭かな
 秋出水被害甚大サンパウロ市かな
 魂のせて精霊トンボ庭に来る

   ピエダーデ         高浜千鶴子

 秋日和またも忘れし友の名を
 秋立つや日毎減りゆく庭雀
 長袖を着たり脱いだり迷ふ秋
 またいやな雨が来さうで秋暑し

   ボツポランガ        青木 駿浪

 新涼の白磁の壷に秋の草
 知恵おくれ表情の無き石榴熟る
 腹開けて鮮度たしかめ秋の鯖
 海の果大地の果も鰯雲

   ポンペイア         須賀吐句志

 名月や無声映画の如二人
 良夜とて庭で話しておいとます
 月皓々ビルの窓より見る夜景
 蜩や久しく聞かぬ都市住ひ

   カンポグランデ       秋枝つね子

 身に余る句評頂く二月かな
 雛の餅こんがり焼きて醤油ふり
 読み初めが親鸞とあり羨まし
 詩歌の日や絵手紙の美を読み返す

   ソロカバ          前田 昌弘

 新聞に三頁埋め秋出水
 教室に波音聞こゆ夜学生
 秋の蝶花なき庭になに訪へる
 食べ易く大きさ揃へ衣被