ニッケイ俳壇(836)=星野瞳 選

   アリアンサ         新津 稚鴎

白き月見上げ大うねり甘蔗畑
マラジョウでニグラとカシンボ踊りもし
白蘭の生命の限り匂ふなり
こぼれ種子まで生え蕎麦の花盛り
寄りそいて鶏頭二本枯れて行く
  【正岡子規の写生俳句にたてこもった作者は御齢白寿に達しられた。益々元気だ。】

『マラジョウ』はブラジルのパラー州(アマゾン)にあるマラジョー島のこと。『ニグラ』『カシンボ』は踊りの種類のこと

『マラジョウ』はブラジルのパラー州(アマゾン)にあるマラジョー島のこと。『ニグラ』『カシンボ』は踊りの種類のこと

   北海道・旭川市       両瀬 辰江

春の色巷に満ちる昨日今日
戦無き世を長らえて雛飾る
掲示板見ている人も春の服
早春の雲流れゆく空広し
デパートの値札半額冬終る
  【いつもいつも忘れず俳句を送って下さり本当にありがとうございます。御地にも春が来たようですね。こちらは何も彼も荒れた秋にならんとしています。あなた様の居られたサンパウロではなくなりました。吾れわれ日本人は、でも安らかに生きています。】

   ボツポランガ        青木 駿浪

秋茜野原を染めて暮れゆけり
夢にまで俳句を作りホ句の秋
虫浄土山家の闇のなつかしき
木漏れ月搖れる歩道に涼新た
  【古い木陰誌にこの作者の名を見つけてこんな古い俳人だったのかと改めて敬意を感じた。念腹が云って居た息の長い俳人の一人だ。永生きして下さい。】

   サンジョゼドスカンポス   大月 春水

秋めくやクアレズマ一際冴えて咲く
この秋に会ったばかりに訃の知らせ
物貰い帽子さし出す日盛りに
マネキンの着替えに早き冬着かな

   ジョインヴィーレ      筒井あつし

露けしや訃報の増えし里便り
露の身と云えど儚く友逝きぬ
まだ残る日本の食器トロロ汁
カルナバル過ぎて知りたる孫の恋
人住まずなりて久しや虫すだく

   ソロカバ          住谷ひさお

満月や雲寄り付きて離れざる
日の出を待ち夜顔を見に行かん
日出て夜顔の白微笑みぬ
夜顔の朝開くこと偶にあり

   サンパウロ         寺田 雪恵

二人だけ入れる温泉露天風呂
雑念を雲にたくして背で泳ぐ
するすると皮むきやすき柿の秋
干柿をつるせば軒の秋そよぐ

   サンパウロ         松井 三州

秋に入りようやく雨がやって来た
新涼がよき雨つれて来てくれし
秋に入り知人等先きに逝きにけり
秋来れどカラオケあればまだ逝けぬ

   パラー州トメアスー     三宅 昭子

熱帯の恵み集めてランブータン
大木に綿を被せて花インガー
アマゾンの森を静めて花インガー
ランブータンこの美味友に届けたし
筍や我が背も老いて真直ぐに

   マナウス          東  比呂

幼な子の花を数える大花野
木の実熟る右往左往の獣道
鳥獣の大山車踊るカルナバル
濯女に大河越しゆくピリキット

   マナウス          宿利 嵐舟

雨季明けの空流れ行く雲一つ
暮れるまで花野さまよい一番星見る
将兵踏みし木の実や古戦場
カルナバル踊り疲れて朝の月

   マナウス          河原 タカ

図書室に新刊香り雨季上る
目の前で踊る娘よカルナバル
人と山車汗にまみれるカルナバル
ゴミ捨て場セルカに舞子鳥群れて

   マナウス          松田 丞壱

秋空に幻想的な雲流れ
一群の賑やかな空鸚鵡来る
カルナバル踊り上手な美の女神
牛馬の種畜育成馬肥ゆる

   マナウス          服部タネ女

朝な夕涼しくなりて雨季上る
そよ風に花野に遊ぶ蝶の群れ
夕まぐれガヤガヤ飛び行くペリキット
カルナバル騒ぞうしくも心浮く

   マナウス          山口 くに

薬草園花野となりて風匂ふ
ふる里の姉にと花野に摘む一輪
カミニャーダシューズにはさまる木の実かな
くるくると舞い散る木の実で遊ぶ子等

   マナウス          岩本 和子

朝日早煌煌として雨季上る
雨季明けて街はお日様の思ふまま
日本の山車運び来てカルナバル
がぶがぶの制服嬉し入学式

   マナウス          橋本美代子

河曲る風の岬は大花野
蓮沼へ続く一本道花野中
草茫々狭庭も虫に花野めく
カルナバル孔雀の化身として一夜

   マナウス          丸岡すみ子

雨季明けの空の青さに深呼吸
集団で騒ぎて翔びてペリキット
火を放つしかけの衣装カルナバル
日の入り前椰子から椰子へペリキット

   マナウス          渋谷  雅

雨季明けの空気うましと空仰ぐ
雨季明けは心も弾み身も弾む
雲のよに群れ飛ぶイレコ大アマゾン
今日明日を忘れて騒ぐカルナバル

   マナウス          吉野 君子

空の青日毎に増して雨季上る
キャンパスに描いてみたし花野道
一陣の風走り抜け木の実落つ
唯一度父との思ひ出木の実拾ひ

   トカンチンス        戸口 久子

雨季上る濁流の大河満水に
不景気に何処吹く風よカルナバル
秋草の色とりどりに咲き乱れ
夕焼にアマゾン大河凪ぎ渡る

   サンパウロ         小斉 棹子

子に告げぬかすかな傷み秋小寒
急ぐことなくなり久し秋家路
次々に降りてひとりの秋の駅
想念の靴音ひとつ林檎むく
虫の夜万朶の桜咲く画面

   サンパウロ         武田 知子

来し方の有為転変や天の川
愁ひごと捨てきれぬまま秋立ちぬ
云ひたきを心に畳み古酒を酌み
天高し届かぬコードレス電話
訪日の孫に持たせし染卵

   サンパウロ         児玉 和代

ダイヤ婚夫の寡黙も爽やかに
市販慣れの舌に郷愁新豆腐
肩肘の力抜かねば秋の風
新涼やとくとく流る五体の血
風もなき空のどこかに秋立ちぬ

   サンパウロ         馬場 照子

ひさかたの大地目覚す秋の空
足に残る霜焼けのあと震災忌
我武者羅に生きて喜寿受く流れ星
物価高く干鱈も細切り聖週間

   サンパウロ         西谷 律子

残された杖に目のいく人の秋
残されし者の追憶鰯雲
入院は本当の話万愚節
やさしさのあぶるる笑顔さわやかな

   サンパウロ         西山ひろ子

心無く聞きし病名秋思かな
突破せし医大に通ぶ孫爽やか
今朝の秋反りて屈みて鍛え居り
三杯酢甘味噌和えとキヤボ愛で

   ピエダーデ         小村 広江

秋耕や天地返しの鍬重し
芋の秋心豊に野良に在り
新涼や老もさらりと薄化粧
腰伸ばす仕種も老いて菜虫とる

   サンパウロ         柳原 貞子

さよならと云えずじまいや秋に逝く
兄の忌に好みし野菊活けにけり
行き過ぎし旧知の人や秋日傘
秋の月流れる雲に見え隠れ

   サンパウロ         吉崎 貞子

十歩ほど歩けば残暑の日の匂ひ
すこやかと云わず祝いの豆黒し
晩学の俳句は刺戟木の芽風
品七つ健康気遣ふビタミーナ

   リベイロンピーレス     西川あけみ

白く咲き紫に散るクアレズマ
帰るなと泣く孫後に秋の暮れ
白寿なるを間近に逝かれ今朝の秋
夫呼ぶに今もかっちゃん爽やかに
パイネイラ花嫁祝ふ大樹かな

   サンパウロ         原 はる江

爽やかにいつもの愚痴を聞き流し
行き詰まりあっと云ふ間の秋出水
云ふべきを云わずに悔いる今朝の秋
八十路坂登りつきたり月まろし
秋水や今日も蛇口はからからに

   ヴィネード         栗山みき枝

秋鯖の味噌煮濃い目の里の味
老の食そうめん水さえ良く噛めと
なげやりの文字の乱れや愁思かな
腰痛も癒えいくきざし少しずつ

   サンパウロ         大塩 佳子

今を維持と励む体操秋の朝
付き添いはどちら祖母孫秋夕焼
婿さんの筍好きに娘は煮染め
姑の鰯すり身唐揚げ孫も食む

   サンパウロ         西森ゆりえ

秋立てば秋の音色に電話鳴る
忽然とエイプリルフールのように逝き
この空をさえぎる棟建つ秋立つ日
秋空や一世紀生きし人送る

   サンパウロ         川井 洋子

一人旅行く先空も秋高し
病む窓に帰える燕を見送りぬ
秋日和手をつなぎ行く供白髪
お供えし柿の静かに赤み増す

   サンパウロ         平間 浩二

故郷や尽きせぬ思ひ鰯雲
風なびくさながら秋の声と聞く
亀棲むや鯉も泳ぎて池の秋
書き終えし起承転結秋灯下

   サンパウロ         太田 英夫

神様も手元狂いし秋出水
秋の蚊や吾を無視して娘に止まり
手をすりて南無阿弥陀仏秋の蠅
干涸びる打たれし壁の秋蚊かな

   サンパウロ         岩崎るりか

どこまでもついて来る月良夜かな
手巻きずし紫蘇の香高く家族膳
猫背だと娘に云われ秋暑し
にぎり鮨のとろサーモンに秋の来る

   サンパウロ         大塩 祐二

ふと見れば銀杏もみじの輝ける
郷愁を養国で知る十三夜
紅葉せし名も知らぬ草いとあわれ
遊歩道雑木紅葉のつらなりて

   サンパウロ        小林エリーザ

苦労せしコロニアの生活カフェー売る
燕去ぬ名残り声聞く秋深し
星月夜ねるに惜しき星明り
パイネイラ野良のお弁当にぎり飯

   サンパウロ         佐古田町子

支えらる三児が力老の秋
大雨あり歩道きよめて秋の街
幼な子にかえる甘えや老うらら
ありがとう五字の深さよ老の秋

   マリンガ         野々瀬眞理子

チョコレート貰ふ国際女性の日
青空にぽっかりぽっかり白い雲
夫云ひしアサイの婆ちゃんそっくりと
蝶飛ぶや雲一つなき青空に

   アチバイア         東  抱水

受難日や警備に当たる青年団
受難日や天秤棒に鶏提げて
篭の鳥闘志満満小鳥来る
日雇等バイアに帰る四旬節

   アチバイア         吉田  繁

椰子葉抱く老女がバスに聖枝祭
神の子か純白の小鳥庭に来し
柿熟し小鳥来る村おらが里
我が村に石山在りて小鳥来る

   アチバイア         宮原 育子

組合の試験圃跡や蚯蚓鳴く
農継ぐ子減りゆく村よ蚯蚓鳴く
聖週の婿が仕込みし鱈料理
日伯に名をなす画伯女性の日

   アチバイア         沢近 愛子

恙なく余生楽しむ秋の旅
店先に早や柿並び市の朝
色づきし果物目がけ小鳥来る
牧の牛ひねもす食みて秋うらら

   アチバイア         池田 洋子

爽やかに草食む馬の親子かな
天高く気持良さそう鳥の声
保健所の列長々と秋の朝
カーレース楽しむ子等に秋の雨