ガウショ物語=(23)=皇帝の伝令==パラグァイ戦争で従卒に

 一八六五年のパラグアイ戦争のとき、皇帝ドン・ペドロ二世陛下がご自分の親衛隊を引き連れてこちらにお出でになって、そのときに、わしは牧夫としてあるいは伝令として、それから忠実な従卒として一緒に歩き回ったもんだ。陛下の馬に馬具をつけることや、寝所の入り口に横になって張り番をしたり、大切な書類や武器を運んだりした。
 どんなわけでそうなったかというと……あのお偉方とそのお取り巻きの方々を護衛する役目を負った騎兵中隊の任務に呼ばれたことが始まりだった。
 わしらの隊が閲兵式のためにカシアス将軍の前に整列したとき、老将軍はただ見渡し……見渡しして……一言も発しなかった。
 選り抜きのガウショ達はまるで樫の木のようにどっしりと不動の姿勢で、それぞれ馬具一式を整え、磨き上げた銃剣をかかえて背筋を伸ばしていた。馬は規則通りに鬣を切りそろえられ、ひづめを削られていた……とりわけ、――わしを除けば――逞しい土着の牧童ばかりで、必要とあらば、キリストにさえ、馬に乗ったまま山刀の鞘を払うのを躊躇しない、というほどの連中だった。
 しかし、老将軍は、皆を見渡し……見渡し……、沈黙したまま、立ち去った。
 それを見た指揮官の中尉は、ぐるりと見渡すと、耐えかねたように怒鳴った。
 「気をつけ!捧げ筒!」と中尉は憤りも露わに、軍服のベルトを強く引っぱると、あごひげの先をかみながら叫んだ。
 わしらはそのまま突っ立っていたが、馬はときどき頭を誇らしげに上げ下げしたり、ひずめで土を叩いたり、あるいは足元を掘ったりしていた……。
 まもなく、前方の家から、規律をただした連中が、二人ずつ、三人ずつの組になって現れた。
 先頭を来るのは背の高い、赤毛の髯面(ひげづら)、柔和な小さい青い目の男だった。その左に、二歩ほど遅れて、軍服のカシアス老将軍がいつもの厳めしい様子でつき随ってきた。
 赤毛の男の方は、見るからに外国人風で、黒づくめの服装だった。フードつきの羅紗の外套、ビロードの襟、かかとの高い長靴には拍車がなかった。見たところ乗馬は得意ではなさそうだ。
 刀剣も何も持っていないが、皆が頭を低くしているところをみると高官であるらしい。一体だれなんだろう……。
 中尉どのは何度となく声をはりあげ、わしらは、ギターのピンと張った弦のように緊張しておった!……。
 赤髭がゆっくりとわしらの前を通る。一方の端まで見渡し、次いで、もう一方の端まで見渡して、謹厳な顔に笑みをうかべながら、老将軍に話しかけている。
 将軍は中尉に合図をした。中尉は馬を急がせて前まで来ると、剣をたてて敬礼した。
 すると赤髭が言った。
「よろしい。中尉。満足だ。配下のものを一人よこしなさい。だれでもいいから……」
 中尉は佩刀を納めると、馬のきびす踵を返して、わしの前にきて止まった……わしは先陣の案内人だったのだ。
「ブラウ・ヌーネス伍長! 下馬!」
 いち!……に!……
 馬を降りて佇立し、ボランテイアの標しである帽子のつばを持ち上げて敬礼する。
「一歩前へ!」
 そして小声で、射すくめるような視線でわしを見ながら、ささやいた。
「あの方が皇帝だ」。(つづく)