ガウショ物語=(28)=娘の黒髪=《3》=「ファラッポスをやっつけろ」

セーラ・ガウーシャの農村の光景(Foto Eduardo Seidl/Palacio Piratini)

セーラ・ガウーシャの農村の光景(Foto Eduardo Seidl/Palacio Piratini)

「ですが……やつを殺さないのですか…… 縛るだけですか……」
「そうだ!脅してやるだけだ……」
「それで、愛人のほうは……ぶん殴るんじゃ……ないんですか……」
「いや! 恥をかかせるだけでいい……」
「じゃ、参ります。でも指揮をとるのはピクマンですよ……嘘でも自分が脱走兵だなんて言えるもんか……」
「理屈が多すぎるぞ!……気をつけろ!……」
「隊長殿は士官だからどうっていうこともないでしょう……。でも、おれみたいな下っぱの兵隊は、すぐ、杭につながれる……」
 ピクマンが間に入った。
「隊長殿、この若いのは間抜けじゃありません。わしに任せてください……。あんたはただ、あの野郎を捕まえればいいんだ……」
 それから二人は少し離れたところで、低い声で細かい打ち合わせをした。
 隊長が馬に乗って言った。
「それじゃ!……ぬかるなよ! おれは隊を迎えに行き、こっちに戻り次第、指揮をとる。お前たちは、すぐ、おれの目につくように、荷車の陰に隠れていろ。ブラウ!……油断するな。赤毛野郎はたやすい相手じゃないぞ!……」
 それだけ言うと、木陰に姿を消した。
 足音が聞こえなくなるのを待って、シルーが声をかけた。
「さあ、やつらのところへ脱走兵として出頭しよう。もう、四日ばかりも森の中を逃げて、隠れ歩いたと言うんだ……。いや、まあいい……それはわしが言うことにする。カラムルの連中は間抜けばかりだ……赤ん坊の腕をひねるのと同じぐらい簡単に騙せる……すぐ仲間になれる! じゃ、行こうか! あっ、ちょっと待った! 懐に手縄用の革紐をしのばせておきな……やつを縛っておくためだ……。あとは仲間が、老いぼれ馬みたいに隊長と女を端綱で引っ張っていくだろう……」
 こうして、わしらは森に入り、爺さんを先に立てて、彼が言うところの匂いがする方に向かって歩きだした。
 六町ほど歩いたとき、シルーはわざとのんびりした足取りで歩きながら、もし見張りがその辺に潜んでいたら耳に入るぐらいの低い声で流行り唄を歌いだした……。
 たちどころに効果が現れた。二町ほど行ったとき、大きなシナモンの木の下に人影が見えた。見張りは木陰から叫んだ。
「だれだ、そこを来るのは?」
「怪しい者じゃない」
「止まれ! 何者だ?」
「仲間よ、おれたちは兵士だ! 朝からあんたらを探しまわっていたんだ……」
「へえ、何のためにさ」
「何のためって……ファラッポスの連中をやっつけるためさ……赤毛の隊長の前で、軍旗に忠誠を誓いたいんだ……」
「お前さんたちは隊長を知っているのか」
「当たり前だ!熊ん蜂のような男だろう。知ってるかなんて聞くだけ野暮さ……じゃ、通ってもいいかい……」
「行け、行け。こっちの方だ……水路のところまで行ったら、もう一人の歩哨がいる……。マルコスと話したと言いな……」
「分かった……。敵を降伏させたら、一緒にマテでも飲もう……」
 しばらく歩くと、くだん件の小川があって、歩哨の姿が目に入った。兵士が大声を出す前に、シルーは遠くの方から呼んだ。
「お~い、そこの歩哨!」
「だれだ?……」
「マルコスがおれ達を寄こしたんだ。道に迷ったりしてたんで……おれ達のことはよく知っている……。じつは、隊長にある知らせをもって行く……。きのう、この辺りをうろついていたファラッポスのやつらのことだ……蹴散らされていただろう?」
「そうか。じゃ、行け、行け……」
「じゃ、失敬……やつらはゲーデスの農園の方へ行ったらしい……尻尾を巻いてな。ロクでなしめが!……ところで、こっちの馬はじゅうぶん休ませてあるのか……」
「そんなわけがあるもんか。馬はどいつもこいつも疲れ切っている……やっとの思いで移動してきたんだ……。おまけに何より具合の悪いことに、隊長は女を幌つき荷車に乗せて連れ歩いている。それが前進の妨げをしているんだな……。女はすごいベッピンだが我儘だからな……邪魔にはなるが……」
 このとき、ピクマンはしゃがみ込むと、耳の後ろから煙草の吸いかけを取り、「若いの、火打ちをくれ……」と言った。
 火を点けて吸い込んだとき、息が詰まって、苦しそうだったが……かまわずもう一服吸った。
「マルコスが、隊長は相当な女たらしだと言っていたが……」
「そうなんだ。あの女こそ、つまらん役を務めている。そのうちにおっぽり出される……今に見な!……隊長の悪い癖さ……」
「哀れだな……それじゃ、そろそろ出かけるか。お前さん、名前は何て言うんだ?」
「ジョアン・アントニオだ。よろしく……。お前さんは?まだ、名前も聞いていなかったが」
「ジュッカだ…… ジュッカ、いや、それだけだ……。戦に勝った日には、一緒にマテを飲もうじゃないか!……」
「そりゃ、いい!……気をつけてな!……」
 それから、また歩き出した。今度はまっすぐ政府軍の野営地を目指した。男達のがやがや話す声、口笛、笑い声、薪を割る音、喧嘩する犬の声などが聞こえてきた。(つづく)