ホーム | 文芸 | 連載小説 | ガウショ物語=シモンエス・ロッペス・ネット著(監修・柴門明子、翻訳サークル・アイリス) | ガウショ物語=(31)=娘の黒髪=《6》=爺さんの素早い山刀さばき

ガウショ物語=(31)=娘の黒髪=《6》=爺さんの素早い山刀さばき

「おれの方からあの赤毛野郎にくれてやる! 好きなだけ寝てこい、この雌犬め!」
 額に青筋を立て、目をギラつかせた隊長は、娘の腕を離すと、ほどけかけた三つ編みをつかんだ。手にぐるぐるとふた巻き、首筋のところまで巻きつけて、頭をぐいと引っ張った……もう片方の手で短刀を引き抜き、ギラリと光る刃を憎い女ののど笛に当てた……。
 刃はわずかにかすった……それだけだった。ピクマン爺さんの動きの方が素早かったからだ。山刀を振り上げると、その切っ先で心臓の辺りを力いっぱい左右に切り裂いた!……
「そうはさせないぞ!こいつはおれの娘だ!」と言いながら。
 隊長は目を剥いて、かすれたうめき声を上げた……それから、息を強く吐くと、泡だった血が口から噴き出した。膝から力が抜け……ゆっくりと傾いて、ドサリと倒れた。片手に短刀を、もう一方の手に娘の髪を握りしめたまま……。
 髪を掴まえられた娘は瀕死の男の上に倒れ、男があえぐたびに傷口から噴き出る血にまみれた……。
 それを見て、ピクマンは娘を引き放してやるために、隊長がしっかり握っている手を開こうとしたが、鉄の万力のようにかたく閉じられていた。力いっぱい髪を引っ張ってみたが……びくともしない! そこで、たったいま隊長を倒した山刀で、死人の手と女の頭の間のところで三つ編みを切った……バッサリとな!……娘の体は自由になったが、ぶざまに切られた三つ編みの先は上を向いたり、下を向いたりしていて、まるで乱雑に刈られた暴れ馬のたてがみといった様だった……
 自由になったと知るや、女は頭を一振りしてふらふらと立ち上がり、恐怖におののいた目でチラッとその場の光景を見ると、ペチコートをたくし上げて、慌てふためいたバクみたいにどたどたと森の中に逃げ込んだ……
「このあばずれ!……うせろ!……」
 爺さんは山刀を上着の袖でぬぐいながら怒鳴った。そして、隊長の死体を見て、ブツブツいいながら、唾を吐きかけた。
「たらし込んだくせに……今度は首を切るんだと?……わしは、情けない」
 そして、「お前さん、わしを突き出すつもりか」と聞いた。
「あんたの娘、ローザなのか」
「そうなんだ。あんなに可愛がって育てたのに!……」
 それ以上は何も話せなかった。と言うのも、すぐ周辺まで小競り合いが近づいていて、自分たちの身の安全を計らねばならなかったからだ。……だが、こんな混乱の中でも、ピクマンは火の点いた木切れを幌つき荷車に投げ込んだ……火はめらめらと燃え上がり、あっという間に愛の巣を焼き尽した……。やれやれ……何という愛の巣よ!…… 
「隊長が死んでいる!…… 退却だ! 早く!……」と誰かが叫んだ。
 一人が遺体を鞍に括りつけて、われわれも絶えず銃を打ちながら、退却した。そのとき、もうすでに死人の手は娘の三つ編みを握っていなかった。
 その後、三か月もの間、戦闘の日々が続いた。長い行進、襲撃、打ち合い、激しい対戦……。(つづく)

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