ホーム | 文芸 | 連載小説 | ガウショ物語=シモンエス・ロッペス・ネット著(監修・柴門明子、翻訳サークル・アイリス) | ガウショ物語=(33)=赤いスイカと青いヤシの実=《1》=刺繍のシーツと腰抜け野郎

ガウショ物語=(33)=赤いスイカと青いヤシの実=《1》=刺繍のシーツと腰抜け野郎

 「お前さん、まあ、ちょっと止まりなさい。馬具をしっかり締めなおさなきゃ、腹帯が後ろの方にズレちまっているぞ。それから、わしがあそこを行く爺さんにちっとばかり挨拶してくる間、タバコでも喫んでてくれないか。――たしか古い知り合いのような気がするんだが……いや、間違いない!……インディオのレドゥーゾおやじだ。イビクイーのコスタ親方の農場で、下働きをやっていた男でね」
 「悪かったな、お前さん。すっかり待たせちまった。何しろ旧い知り合いなんでねぇ。しかも、あれは並みの人間じゃない!――あいつと話をすると、さっぱりした気分になるんだ!……気の毒に、だいぶ老いぼれちまったが……だが、まだまだ棄てたもんじゃないさ!」
 何しろお前さんも見たとおり、あの爺さんは傷跡があるんだが、昔はけっこうあばれ者だった。……それじゃ、あいつが関わりあった一騒動の顛末を話して聞かせようか。もっともわしはずっと後になって、ことの詳細を知ったんだが、それというのもその一件に直接関わった人たちが話してくれたからだ。
 レドゥーゾはコスタ親方の屋敷で生まれて、そこで育てられた。片足を引きずっていた先代のコスタ親方――リオ・パルドの龍騎兵隊で下士官まで行った人物だが――の時代のことだ。この先代というのが転んでもただでは起き上がらない人物でね。あの頃、自分とまだ小さかった子供らのために、イビクイーの河辺りの未開墾地を四区画も手に入れた。それも地続きのやつで、境界線のとてつもない長さといったら、いつ果てるとも知れないほどだった。
 やつ(白人とインディアの混血でシルーと呼ばれる)は親方の息子らと一緒に育って、何をするのもいつもいっしょにやったもんだ――巣の中の卵をさがしたり、わなを作ってしかけたり、牛を集めたり、グアバの実を採ったり、アルマジロを捕まえたり――。
 大きくなってくると、親方はガキどもに仕事を仕込んだが、そんな時もやつはやっぱり息子らと一緒だった。広い牧場で捕らえた牛を飼いならしたり、去勢したり……肥えた牛を選び出して群れに集め、遠くに移動させることまで、いろんな仕事をおぼえていった。
 そうこうしている内に、またぞろカステリャーノのやつらとの戦が始まった。
 息子の一人でコスチーニャ(コスタの倅)と呼ばれている、目立ちたがりでおしゃべり屋のやつが、真っ先に軍隊の司令官の前に出頭して入隊を志願した。父親のコスタ爺さんを口説いて、レドゥーゾを従卒として連れて行くことを許してもらった。若者は徽章に星印が付いている士官候補生だったから、こんな贅沢を許されたわけだ。
 シルーは有頂天だった。考えてみな、お前さん。あの二人ときたら、仲がいいくせに明け暮れ喧嘩ばかりしていたんだから!……
 ところがちょどその頃、コスチーニャの身の上にまったく思いもよらないことが起きていた。
 つまり、ある娘っ子のことだが……。
 士官候補生の若者は「タラパ嬢さん」という美しい娘に夢中になった。セヴェロ何某という親父の娘だ。セヴェロというのはコスタの農園から三〇キロばかり離れた農場の主だった。
 コスチーニャは、ときどきセヴェロの家にやってきて、恋心を慰めていた。時には、はやる気持ちを抑えられないくらいだったが、その後、帰っていく若者は自分の目の中に愛する娘の眸の輝きを携えて行った。
 だが、セヴェロ爺さんは二人の結婚に頭から反対だった。何が何でも娘は自分の甥、つまり娘には従兄にあたる男と縁組させるのだと声を荒げて、頑固に主張した。男は町に店を持つ商人だった。
 その何某というのはアソーレス諸島から来た男で、むやみと野菜を食う野郎だ。馬に乗るといっても普通の馬ではだめで、足の短い驢馬の、それも特別におとなしいヤツ……足を引きずっていて……耳の垂れたうすノロで……ガニ股のヤツでなけりゃぁ。
 この結婚話で冷やかされると、娘は恥ずかしさに泣いて、泣いて、泣きやつれてしまった。
 ここだけの話だが、あのかわいい娘っ子を島育ちの生っ白いのろま野郎の嫁さんにしてしまうなんて、実際、もったいない話だった。そいつが町のいい場所にちっぽけな雑貨店を構えているというだけのことで……。
 困ったことに、コスチーニャは心底あの娘が好きで、娘の方も心底コスチーニャが好きだった。ところが、二人の先行きはどこまでも出口のないトンネル……、何しろ、セヴェロ爺さんはあごヒゲを捻ったり、口をひん曲げたりするばかりで、頑として許さないんだから。
 島育ちの男は、ときどき小さい馬車に乗って叔父さんの農園にやってきた……。分かるだろう、お前さん。お目当ての娘のいる処へちっぽけな馬車などに乗って、恥ずかしげもなく現れるような野郎だ!……もちろん、その従兄のベッドには刺繍のシーツだ。野菜のスープまでが、特別に野郎のために用意された。一度など鱈まで食卓に上ったそうだ、やっこさん一人のためにね!……
 我われガウショのご馳走といえば、荒塩をまぶしただけの、血と脂がしたたる豪快なシュラスコ……、炭火で焼いた腸詰の太いやつ……、若い牝牛の頭……牝羊の肩肉なんぞだ。それに、カボチャとカンジッカ と凝固した牛乳……、それからベイジューに、アニスで香り付けしたベイジューのケーキ……。
 それから、いうまでもないが、サトウキビの火酒にうまいマテ茶だ。締めくくりには、特上のうんと強い刻みタバコをトウモロコシの葉で巻いたやつを一服、二服やることさ……。こういったもの全部、ガウショにとってこれ以上旨いものはないという絶品の数々も、島育ちの野郎にはトウモロコシの芯同様、一文の価値もないというわけさ……。
 まったく、胸クソ悪いったらねェ!……。あの腰抜け野郎のことを思い出すたびに、わしはムシャクシャしてくるんだ。(つづく)

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