ガウショ物語=(34)=赤いスイカと青いヤシの実=《2》=娘と若者の秘密の取り決め

 「お前さん笑っているが、下らないことだと思っているんだろう?……まあ、あの時代、あんたはまだ生まれてなかったからな……リオ・デ・ジャネイロの宮廷が独立宣言した時……、それから、ファラッポス戦争が起こって、ベント・ゴンサルヴェス将軍の指揮の下、丘陵地帯で戦った時……。そうだよ、有難いことにな……。将軍はいうまでもないが、他にも勇敢な男たちが大勢いた!……」
 お前さんは信じないかもしれないが、あの頃は、本国から来た連中はいばりくさっていた! 農場は奴らのもの、商売もそうだ。役人はもちろん、土地譲渡税を集めるのも奴らだ。外科医も、主任神父もそうだ……。おまけに、ファラッポス革命軍を攻めるために軍隊を差し向けたのも……奴らと来ている!……
 何しろ、どいつもこいつも人様の生き血を吸うヒルみたいな奴らばかりだった!……
 地元の者はまるででく木偶みたいにいいようにされっぱなしだったな……
 「いま何か言ったかね?……今のガウショにとって、奴らのお陰ってものが何かあるかって?そんなもの!たしかに、小麦の栽培を思いついた……それは、まあ、いいことだ……。豊作続きでな。他の土地では亜麻を栽培して、糸を紡いだ……それも、悪くはない。羊毛を梳くことも覚えた……。何人かの目端の利く者は、屋台店を開いて安ピカ物や金細工の小物なんかを売るようになった……。中には何枚もの牛皮をたった一個の菓子パンと交換する者や、半ダースもの牝牛とちっぽけな焼酎の樽とを交換する者まで現れた。そしていつもいくばくかの金が動いていたわけだが、農場の労働者や牧童の賃金には、クルザード硬貨が支払われた」
 だが、何はともあれ ……本国から来た連中はいばりくさっていたな。
 どこまで話したんだっけな。ああ、そうだ……コスチーニャとタラパ嬢さんは将来を誓い合っていたんだ。もしもセヴェロ爺さんが絶対許さないということなら、嬢さんは彼氏の馬の後ろに乗って、駆け落ちすることも辞さない覚悟だった。島育ちの野郎とは真っ平ご免だということさ!
 ちょうどその頃、ウルグァイ軍の奴らが国境の辺りに攻め込んできたとの知らせが入って、コスチーニャは勇み立った。
 別れの時の二人は胸も張り裂けんばかりだった! 若者は娘への形見に指輪を、娘はそれとひきかえに一房の髪を与えた。そして、何か伝言するときや手紙を書くときには、娘は「赤いスイカ」、若者は「青いヤシの実」という名前を使うという取り決めをした。これはだれも知らない、二人だけの秘密だった。だれかお節介なヤツに邪魔だてされないためにな。
 出発は夜のことで、娘は戸口まで……門の脇の馬寄せまで、見送りにとついてきた。コスチーニャはそこで馬に乗ったんだ……。風の強い晩で、召使が持っていたローソクの火が消えた……。どうやら、その時、すばやく娘っ子のキスを盗んだらしいな……。なぜなら、若者はおし黙ったままで馬に飛び乗ると、早足で駆け去ったし、娘は石になったみたいに、声も出さず、そこを動かなかったから……。何も知らない者が見たら、二人は喧嘩別れしたとでも思っただろうが、じっさいには目にいっぱい涙を溜めていて、しかし心は喜びで躍り上がっていたんだ……、あの暗闇でのキスのお陰でね、まさに闇夜に稲妻が閃いたみたいなものだっただろう!……だれも見なかったさ……レドゥーゾ以外には。
 その日の夜明けの頃、士官候補生の若者は馬を進めていた。
 セヴェロ爺さんは一ヶ月余り過ぎるのを待っていた。噂によれば軍隊は遠方にいて、敵軍との戦いを展開しているということだ。そこからは、だれもそう簡単にやってくることはできっこないし、言うまでもないが、双方の攻撃のさ中には弾丸が命中するかも知れない、長槍にグサリとやられるかもしれない。――いつなんどきそういうことが起こっても可笑しくない状態だった!――こうした詳しい情報を手に入れたセヴェロ爺さんは、管理人を町へやって甥を連れてこさせた。
 管理人は甥宛の長い手紙を携えていたが、その手紙の封筒は、例えて言えば、太っちょの司祭がミサを挙げるとき盃に満たすあの葡萄酒の樽の栓よりも厳重に封印されていたということだ!……
 するとだ!……数日後、島育ちが馬車に乗って、農場にやってきた。何か知らんが、荷物をいっぱい乗っけてな。そして、たちまち婚姻の準備が始まったんだ。
 可哀そうに! 追い込まれて逃げ場もないタラパ嬢さんの様子を考えてもみな!両親は言うにおよばず、親戚の連中も近所の年寄り連中も、長年務めている牧夫らまでもが……口をそろえて島育ちのことをなかなかの男前だなどと誉めそやすんだ……。
 たちまちのうちに書類が整えられ、婚礼の衣装や菓子類の準備が始まった。もちろん、肥育場には七面鳥が、豚小屋には子豚が、シュラスコのためには牝の仔牛などが何頭も用意された。
 黒人の乳母がただ一人、娘と一緒に泣いてくれた……。だがそれも、鞭で打たれるのを怖れて、こっそり隠れてだ……。夜、鍵をかけた寝室で二人は抱き合って祈ったり、わずかな望みにすがって慰めあったりした。
 「気高きみ母……お助けください!……」
 「聖母マリア様!……どうかコスチーニャ様を呼び戻してくださりませ!……」
 ついに婚礼の日になった。主任神父とその助祭がやってきた。遠く近くの住人という住人の全てが集まった。いや、あの片脚を引きずっているコスタ親方とその一家は招かれていなかった。
 それから何が起こったか。まあ、お前さん、聴くがいい。
 ちょうどその頃、一人の伝令が、士官候補生の所属する中隊に書簡を届けるために、あの町を早馬で駆け抜けようとしていた。伝令は陽気な若者で、その辺りに気心の知れた仲間も大勢いた。乗り継ぎの馬が用意されている間に、若者は冷たい物でのどを潤そうと島育ちのヤツの店に入ったが、そこで店の者から結婚式のニュースを聞いた。日取りとか、大宴会の準備の模様とか、何から何まで、細かいとこまでだ。(つづく)