パナマを越えて=本間剛夫=102

 私は疲れていたので、男たちに挨拶して夫人の案内で寝室に入り、着ている服装のままベッドに横になって、小一時間も軽寝したと思ったとき、隣室の男たちの声で眼を覚まされ、起き上がって隣室に入った。

 隣室の声はゲバラと彼の中学時代の友、ロベルトとの会談だった。田代夫人も同席していて「お目覚めですね」と迎えてくれ、ゲバラに向かって、「日本のホンマさんよ」と言うと、ゲバラは私のことを既に聞いていたのだろう。立ち上がって手を差しのべて、
「センセイですね。あの節はお世話になりました」
と私の手を握った。ゲバラの表情は、長く伸びた顔一面の髭がなければ、二年前の美男子そのものだったが、気のせいか少しやつれて見えた。私がラパスでエスタニスラウやパウリーナたちと会っていることを話すと、ゲバラは安心した表情を見せて私に説明した。
 ロベルトはゲバラ応援のため四台のジープを持って二十余名の青年同士を連れて来ていること。自分が活動基地として田代家を選んだのは、日本人の集落にはかって犯罪というものがなく、皆、サムライ精神をもっていて正邪善悪を弁えていること。亡くなったタシロは長く集落の長として地域のために貢献したほか、貧民救済のため多額の資金を群役所に供給しつづけたことなどがその理由だと説明した。
 ゲバラは、これからも会談をつづけるが、よろしければ同席されたいといってロベルトと向かい合った。
 それからゲバラは従来彼が計画してきた策戦について今までの大要をかいつまんでロベルトに説明した。すると、黙って聞いていたロベルトがゲバラを詰った。
「なぜ、君は折角の同士を不便極まりないジャングルに閉じ込めているのか。おれはまっすぐラパスを狙う。ペルーの同士がコチャバンバにいるなら、彼らと合流してラパスを突く。ジャングルの同士はサンタクルースに集めて待機させることだ」
 強い口調だった。ゲバラは答えた。
「しかし、こんにちまでボリビア革命運動は低地のジャングルから起きている。低地には食料もあり、第一には悲惨な生活に強いられている無数の土民がいる。都市のインテリは頼りにならないが、彼らに革命の思想を教えれば同士として迎え容れられる」
 ロベルトは重ねて反駁した。
「ジャングルから起きた革命は成功したのかね。失敗ばかりだろう。おれの考えを聞きたまえ。ほんの一部をジャングルに残すのはいい。そこでこぜり合いをさせるのだ。軍隊もアメリカのレインジャーも相当サンファン地区に入っている。敵の眼をそっちへ向けている間に首都を突くんだ。どうだ、納得できないか」
 ゲバラはロベルトの戦略に感心した。
「しかし、兵器、装備が満足とはいえない。それをどうするか」
「ラパスでは、先ず第四師団を突く。そこで十分兵器を奪う」
「……わかった」
 ゲバラはロベルトの言葉が、今になって円滑にいくだろうかと不安を覚えながらゆっくり答えた。
「今後の戦略はロベルトに任せよう……」

 ロベルトは直接ラパスに入ることを避け、パラグアイ、ブラジル国境のアルトパラナの日本人移住地を目指すという。