ニッケイ俳壇(844)=星野瞳 選

   アリアンサ         新津 稚鴎

秋深し味噌つけて焼くにぎり飯
サボテンの実を紅くして露寒し
地ひびきのして秋の雷鳴り渡る
立ちのぼる焚火煙りに散る木の葉
朝寒しねじり鉢巻して無職
【最近の『俳誌・葛』で巻頭を得られたとも聞くが、この俳壇でも巻頭作家でもあられ、老いていよよ顕なる作者をうれしく思います】

   北海道・旭川市       両瀬 辰江

青い空主無き家のリラ香る
雲雀なく大雪山の見える丘
たんぽぽの野を埋めつくす丘に在り
筍の素直な姿貰いけり
【「孫娘の結婚式に出かけます。丈夫な身体を両親から頂いたこと感謝しています。梅雨の無いさわやかな北海道から」と便りがあった。作者の故御主人はサンパウロの東本願寺に勤められてご夫婦で北海道に帰られた】

   セーラドスクリスタイス   桶口玄海児

風にある遊び心や秋の竹
虫の庭靴など好かぬ孫二人
苔一ぱい巻いて椰子の古木かな
十五夜の山に銃声鹿を狩る
貝割菜山の日射の美しき

   ボツポランガ        青木 駿浪

カラオケは気分転換冬うらら
家計簿の雑費の多し冬きびし
去来するはぐれ雲あり冬景色
寒の月ながめつ待ちぬ遅れバス

   カンポスドジョルドン    鈴木 静林

冬夕焼畔道に忘れ鍬光る
星凍てる夜番もせずに小屋の犬
寒の星夜逃げ星てふとも伝え聞く
風強し焚火は禁止町の辻

   ジョインヴィーレ      筒井あつし

冬ぬくし訪ねて回る句友の墓
ドウラードス大地は青く冬ぬくし
※『ドウラードス』はブラジルの南マトグロッソ州にある市
残る句友たった二人冬の町
冬枯れて大地の起伏つまびらか

   プ・プルデンテ       野村いさを

誘わるるまま風邪よけの注射もし
はるけきや移民法要しめやかに
たまたまの旅鴨鍋でもてなされ
滔々とたゆとぶ流れ秋の水

   サンジョゼドスカンポス   大月 春水

女孫就労の朝の寒さかな
霧降りてすっかり替る冬景色
女孫父にもらった朝寝ぐせ
二十年ぶりの再会冬の午後

   サンパウロ         平間 浩二

今朝の冷え腰に厳しき冬に入る
欠席を余儀なくされし寒さかな
日向ぼこ腰の痛みのやはらぎぬ
小春日や起承転結読み応え

   ソロカバ          住谷ひさお

狐ジュア句座に置かれて艶やかな
品評会に並び輝く富有柿
一キロの重さの金賞富有柿
月満ちて夜顔の花五六十

   イタチーバ         森西 茂行

ユーカリの林吹き抜く虎落り笛(もがりぶえ)
寒空に星が輝く冬の空
凍星は乾期の空に輝きて
早朝に道行く馬の息白し

   サンパウロ         寺田 雪恵

夕焼けて心の色に柿赤し
さみしさの熔けてゆくがに柿甘し
逝く秋に柿の甘さよ人想う
暖かき日にふえてゆく梅の花

   リベイロンピーレス     中馬 淳一

黄のポンチョ着せ祝ぶ友の傘寿かな
熱燗や徳利ならべて尻たたく
コツコツと靴音高し凍てし道
ケントンを飲んで火照りしからだかな

   サンパウロ         佐古田町子
サンパウロ終の住家よ冬ぬくし
日本人住むらし庭のカフェー熟る
木瓜山楠花咲かせ邦人冬の庭
代用のキヤボで作りしとろろ汁
※『キヤボ』はオクラのこと

   マリンガ         野々瀬真理子
イペーは葉を皆落し冬に入る
パーマかけてもとの自分の顔になり
親猫は足をいためてびっこひき
軒並にたちし家ありパラポリカ
※『パラポリカ』はパラボラアンテナのこと

   サンパウロ         武田 知子

白湯吹きて薬あれこれ風邪の床
見舞いにと北海鮨に焼秋刀魚
差し入れのおでんに風邪も湯気と去り
床上げや散蓮華に中華粥
風邪ごもり解きて卆寿の友祝ふ

   サンパウロ         児玉 和代

うそ寒やいざといふ時蹟をふむ
感性の鈍り初めたる木の葉髪
独りとは昼に続きて夜の長き
日だまりの草枯れなずみ冬めける
母であることの仕合せボーロ切る
※『ボーロ』はケーキのこと
夜寒や疎遠なるまま訃報受く

   サンパウロ         西谷 律子

凍てし日や人の心の暖かく
母の日や形見の指輪はめて行く
嫋やかにして強かな萩の叢
大根煮る髪まで匂ふ気持して

   サンパウロ         西山ひろ子

秋惜しむ心になりて母を恋ふ
秋彼岸仏に届く白き百合
秋夕日消えゆく彼方旅愁濃し
作法などいらぬふるまい衣被
残る虫心寄せ合ひ鳴き競ふ

   サンパウロ         新井 知里

行く秋やうそのようなる吾がよわい
秋深し稀に逢ふ友みな老いて
いつの日か拾ひし木の実の首飾り
秋冷の山のかなたの白い雲

   サンパウロ         竹田 照子

ポインセチア誰に燃えてか赤く咲く
山びこに夫の声聞く秋思なほ
デモ隊の人まどわせて秋深む
秋の浜素足にしみる冷めたさよ

   サンパウロ         原 はる江

イペーローザマナカダセーラ競い咲く
触れずともすでに色づき散る紅葉
立ち姿白百合に似し人は亡き
俳縁の友皆やさしホ句の秋

   サンパウロ         三宅 珠美

良夜とて手を取り歩せし母恋し
口にするすべてが美味し食の秋
寝支度を止めて聞き入る残る虫
金運がいいと人云ふうこん咲く

   サンパウロ         玉田千代美

カットした襟足なでる秋の風
長き夜にみじかき便り遠き娘に
亡き母に心置く夢母の日に
湯をさせばほのと香りて桜漬

   サンパウロ         山田かおる

百人に囲まれ最高わが卆寿
ボーロの灯一と吹きに消ゆ卆寿の日
留め袖をドレスに着替え小春宴
祈りてふ家族の宝冬ぬくし

【特別掲載「葛」入選句】
   アリアンサ         新津 稚鴎
麻州路も奥の二重の虹濃ゆき
夏深きわが移住地はカナンの地
露雫降る靜けさのチーク林

   セーラドスクリスタイス   桶口玄海児

雲海か霧かコーヒー園つつむ
老移民話吶吶炉火盛ん

   アリアンサ         矢﨑 正勝

刈り終へし田に舞ひ降りし鷺一羽
鉄の木の碑も朽ち移民墓地寒し

   サンパウロ         馬場 照子

星月夜女あるじの郷料理
冬の月老境の日日矢のごとし

   ボツポランガ        青木 駿浪

眉月に添ひて凍てつくオリオン座
弓場村の短き祈り根深汁

   アリアンサ         辻 よしき

子供には子供の願ひ星流る
宇宙人渡って来さう天の川

   サンパウロ         西谷 律子

玻璃越しの日差しに抱かれ日向ぼこ
ふと小首かしげて見たり寒雀

   サンパウロ         児玉 和代

明けやらぬ空の薄闇冬の星
魁けの一二花雨に打たれ散る

   サンパウロ         三原  芥

コンピュータに茶化さるる老の秋
大寒波老いにはうれしカイピリンニャ

『カイピリンニャ』はさとうきびを蒸留して作るブラジル伝統のカクテル『カイピリーニャ』のこと。

『カイピリンニャ』はさとうきびを蒸留して作るブラジル伝統のカクテル『カイピリーニャ』のこと。

(Foto By Christian (Own work) [Public domain], via Wikimedia Commons)

   サンパウロ         矢﨑  愛

幅広き卓に集ひて小春の日
冬の夜ふはっとした菓子夫に出し


   サンパウロ         広瀬 芳山

冬銀河たどり来し道歩む道
十人の子に囲まれて木の葉髪

   アリアンサ         熊本クララ

海底にただよふ如くうろこ雲
葉もゆれぬ静かな一日蘭香る

   アリアンサ        弓場グロリア

豊の秋祝ぶ乾杯くり返し
音立てて葉の落て来るセロード樹

   サンパウロ         矢﨑  愛

椰子の木の立つ石畳月青し
ボサノーバの生演奏やペチカ燃ゆ
花一樹大和心を示しをり

   アリアンサ         杉本 ゴリ

草枯れて犬一匹のパストかな

   アリアンサ         弓場サチコ

蘭の香に次第に心とり戻し

   アリアンサ         弓場みつえ

ピンクイペー空は花畑野のやうに
涼やかや夜明けの南十字星