ニッケイ歌壇 (495)=上妻博彦 選

      サンパウロ      水野 昌之

昼寝時に限って電話で起こされる「間違い、ご免」という人からだ
誰からか電話きそうな気配する休日つづくひとりの真昼
裾分けのケーキのお礼の電話受く声の高さで喜びを知る
新しき恋の話も就職も孫ともなればいつも電話なり
じっくりと女を口説く要領で商談まとめる友の長電話

  「評」こうした作品に接すると実に爽快な気持になる。乾燥して、ここ一週間ほど晴天が続いている。音を遮ってカーマ(ベット)の下に盥に水を満たして昼夜寝て見たい。

      バウルー       酒井 祥造

ごみ捨場近くに小屋かけ住む人の増えゆくを見る都市近郊に
町作りして幾百戸のセンテーラ住む所見る奥地の旅に
※『センテーラ』とは、土地なし農民による土地不法占拠運動 のこと。
生活の不安無きらしセンテーラセスタバージカ月々うけて
※『セスタバージカ』とは、生活必需品セット のこと。
知識なき人限りなく増えてゆくこの国の政治に未来はありや
農業も知識なき人うけつけぬ機械化農の時代と成れり

  「評」大都市中心主義を脱する時代が近づきつつあると思う。その時、生き残る大陸は南米だと思う。それは、温暖な気候と温厚な人間が、そして動物等もバランス良く共存出来るからだ。人間それぞれに足りることを知らしむる文明を夢見る時が来る。

  サンジョゼドスピンニャイス   梶田 きよ

何ごとか起りそうなるこの冬の静かすぎるも不思議な現象
また今日も雨降らぬまゝ暮れてゆく夕焼けの空華やかすぎる
気になりし初冬は天候に恵まれて気味わるいほど続く夕焼け
期待せし初冬の雨も降らぬまま二週間の過ぎ行き速し
ばあちゃんより猫らの世話がせわしいと云う娘の気持も少しは分る

  「評」ここしばらく、はりついた様な晴天が続いている。毎朝窓をくって、無気味さを感じるほど、世界中の天災に人災まで触発されている思い。五首目、ばあちゃんの気持が、広がりをもって伝わってくる作品。

      カンベ        湯山  洋

七月は吾故郷を後にしたあの出来事を今も忘れず
何百の五色のテープにドラの音汽笛せつなく故国を離れき
親戚も知人もいない未知の国覚悟をさせる永き船旅
夢不安合せ持ちいし同船者互いに行く先教え確かめ
いつ帰るあてなき国に行く吾ら母の無言が傷ましくなる

  「評」あの日あの時の事、故国を離れた時の詳細なことまで記憶に残っている。船上のこと、そしてこの国に上陸の日の事、それより何にもまして、母の無言。それは声に出すことの出来なかった母親の心境を思うのである。

      バウルー       小坂 正光

初曽孫生れし朗報とどきたり母子の安泰に先づ安堵なす
二歳にも満たぬ幼女に父親はマイク持たせてパパ、ママ言わす
渡伯時のコロノ長屋の幼な友松江と秋代の消息判らず
恒例のパウリスタ神社のお祭の神事必ず晴天となる
神在す証と思う神事の日雨天遠のき青空となる

  「評」しっかりと、親のあとを継いだ少年移民達のきずいた歴史を彷彿とさせる作品、全伯を探索しても『コロノ長屋』もいまは無い、ましてや、松江と秋代の消息も。初曽孫の朗報を喜び母子の安泰に安堵する作者を祝福したい。

      サンパウロ      武田 知子

マナオスで羅府でと迎えし原爆忌七十年の今日は吾が家で
宇宙より美しき地球と称えつつも天災内乱核さわぎまで
被爆せし従姉妹をロスに尋ねしも当時語りて心寄せ合い
同窓の友日本よりの診療にブラジルに居しかと顔を合わせぬ
時差越えて平和の鐘の音広島ゆ遙かの地より平和祈りぬ

  「評」被爆者として戦後を生き抜き、己が自し処を得て遙かに消息をたしかめ合い、祈り合う人達がある、今その七〇年前を回想する。

      サンパウロ      武地 志津

子や孫の将来案ずる東京の友が憂える憲法論争
国民の「安全守る」と自衛隊の海外派遣を告ぐる阿部首相
海外で武力行使の隊員の「命」はどうなる矛盾の思考
被爆者の悲痛な叫び戦争は「絶対反対」に深く頷く
焼夷弾で街が燃え立つ様相を疎開先より見たりし記憶

  「評」時事詠、戦後七〇年の節目の今、NHKは噴出する様に番組をつづけている。ここ半世紀の繁栄をぶち壊すための『安保論争』なのか、否そんなに戦争が好きな人間は、武器産業以外無いはず。それさえも『抑止力』と言う、弥はや。不満足症候群。

      グワルーリョス    長井エミ子

テレビでは被爆二世の声流る緑ざわめく山家の庭にも
我が地球経済戦争峻烈に青空のみは残してたもれ
郷土食列にくっつき郷愁のかけらを引き出す日本祭り

ブラジルのサンパウロで毎年開催される日本人県人会連合会主催の日本祭りでは、各県人会が郷土色を販売し、日系、非日系人を問わず多くの人が行列を作って買い求める。

ブラジルのサンパウロで毎年開催される日本人県人会連合会主催の日本祭りでは、各県人会が郷土色を販売し、日系、非日系人を問わず多くの人が行列を作って買い求める。

なぜ泣ける和太鼓打たむ若者の格好良さにかなぜかわからん
かにかくに水の流れに溯る鮭のごとくに一生(ひとよ)終らむ

  「評」日本人の吐息の根源、『みじかうた』の韻律を『今言葉』に乗せて聞かせてくれる、一、二、三、四首の下の句のつなぎの旨さ。そして溯上するのは、作者自身の心象なのだ。

     サンパウロ       坂上美代栄 

出迎えは無用と言いて尋ね来し盲の青年日本語学ぶ
鍼灸の研修終えて帰伯せし青年二人社会にはばたく
久々に会いたる人は目をしいて義眼まっすぐ笑顔変わらず
変わりたる電話番号告ぐる吾に分かりましたと頭に書けり
何となく続きゆけるは恵みなり短歌らしきを記して小春

  「評」眼を廃いた旧知の青年が、日本語を学び鍼灸を研修して帰伯した一連、類型を見ない作品、暖かく迎える作者の心情が伝わる。三首目の下の句の『笑顔変わらず』四首目『頭に書けり』に感じられる。

      サンパウロ      相部 聖花

良書には時期を超えたる教訓のありて捨てがたし古本なるも
咲き初むと見たりし日より幾日かつつじ明るく庭を蔽えり
移植して40年の紅つつじ燃ゆるが如くひたすらに咲く
粉雪をかぶりたるごと満開のピタンガの花散る散る止まず
とま屋にも明るき庭は恵みなり椅子を持ち出し針仕事する

  「評」一首目一句の『捨てがたし』を生かすため倒置法を試みた。二首目以下静かで完成度の高い作品。特に二首目、胸を打たれた。