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『百年の水流』開発前線編 第一部=北パラナの白い雲=外山脩=(27)

現在も残る野村農場の様子

現在も残る野村農場の様子

背後に国策

 しかるに何故、100万円を出したのか。その正確な理由は資料類にも記されていない。が、筆者は、この時期、野村徳七は政府からブラジル投資の要請を受けていた──と読んでいる。
 以下は拙著『百年の水流』改訂版の四章に記したことであるが、1924年から日本政府のブラジル移植民事業に対する姿勢が、俄かに積極化している。
 これには無論、時代背景があった。当時、日本では第一次世界大戦後の大不況下、関東大震災(1923年)に見舞われ、国家そのものが窮地に陥っていた。失業者・困窮者が洪水の如く発生、労働者や小作人の争議が頻発、左翼思想が流行、対して右翼勢力も台頭、高名な政治家や財界人に対するテロも起きていた。
 社会不安は頂点に達しており、苦慮した政府が打ち出した対策の一つが南米(ブラジル)移民の奨励であった。国外への風穴を開け、国内に充満する鬱積感を少しでも発散させようとしたのである。それまでもブラジル移民は民間の手で行われていたが、この頃は、中断直前にあった。政府はそれを国の手で再開、戦略化する手をうった。
 1923年から、南米移民の宣伝を開始し、1924年には渡航費の全額補助を決定した。さらに全国の道府県に海外移住組合を設立した。その移住組合の連合会(東京)が、現地機関としてサンパウロ市にブラジル拓殖組合=通称ブラ拓=を開設した。これに政府が連合会を通じて資金を融資、サンパウロ、パラナ両州に、大型移住地を建設させ、移民を送り込んだ。
 そのほか、政府は資金援助をして、在ブラジルの移民たちに産業組合=農協=をつくらせたり、カフェー不況に苦しむ者に低利の融資をしたりした──。
 時を同じくして、財界の対ブラジル投資も始まっている。1926年に野村、片倉製糸、山科礼蔵(東京商業会議所会頭)とその同志たち、27年には三菱の岩崎家、28年、武藤山治の鐘紡、関西財界の川西清兵衛、29年、台湾実業界の雄・後宮家……という具合に一斉にブラジル向け投資に動き出した。これ以前にはなかった現象である。
 しかし当時、ブラジル投資が格別有望である──という材料は無かった。しかるに、これだけの一流企業や財界人が一斉に動いた理由は「政府がそれを要請した」こと以外、考えられない。政府の有力者が非公式に心当たりの財界人を次々説得していた……と見てよかろう。例えば、こんな風に──。
「我が国の現下の危機に対処するため、政府はブラジルに移民を本格的に送り出している。が、実は移民の多くは、天涯万里、異郷に在って徒手空拳、悪戦苦闘をしている。政府は色々と手を打ってはいるが、予算には限度がある。財界も協力して欲しい」
 鐘紡の場合は、明確に政府の要請で投資を決定したし、他のケースも、そう推定してよい材料がある。
 野村徳七がパラナ州の原始林に100万円を投じたのは「これで一儲けしようとしたのではなく、日本移民のために農場を造り、ブラジル農業の習得、子女の教育、独立資金の獲得の場を提供しようという目的からであった」と野村合名が作成した『野村ブラジル農場 50年の歩み』という資料にある(野村合名=野村農場の日本本社)。
 他の企業や財界人の場合も、同様の目的を事業計画に組み込んでいた。
 それと当時、在サンパウロ日本総領事館に赤松祐之という総領事が居った。これが北パラナに館員を送って、現地調査をしていた。その上で、ブラ拓はもとより山科、野村、後宮などに投資用の土地を斡旋している。無論、土地売り業者が協力していたが、外交官がこの種のことまで関与するのは異例である。東京の本省つまり日本政府の指示があった──と見ると納得が行く。
 同時期、民間の団体や有志も、サンパウロ州やアマゾーナス州で拓殖事業に乗り出している。力行会は1924年から長野県と組んで、アリアンサ移住地の建設に着手した。前衆議院議員の上塚司ら民間人有志たちもアマゾーナス州で同種の事業を始めた。それを財界が資金援助している。
 この援助も、政府筋から財界に(彼らを援けてやってくれ)という話があったと見るとスッキリする。例えば、力行会の場合、三井、三菱、片倉が、先方から多額の寄付金を届けてくれたという。通常であれば寄付を求めて訪問しても、玄関払いがオチであったろう(片倉は、別の経緯で、それ以前から力行会を支援していたが……)。

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