ニッケイ俳壇 (861)=富重久子 選

   アチバイア         宮原 育子

巣づくりの番の鳥語睦まじく
【春の繁殖期になると鳥たちはそれぞれに巣を造って雛を育てる。雀や燕は人馴れして平気で人家の屋根裏や軒下に巣を構え、住人も毎年の様にやってくる鳥を喜んで迎える。
 二羽が睦まじく、まるで人間様のように話し合いながら巣造りしている様子を一句にした、まことにほほえましい佳句である】

歌ひつつ塗りつつ竃巣出来あがる
【二句目、竃巣鳥の造る巣の内部は二部屋あってその一部屋で産卵する。竃巣鳥は大変仲が良くこの句のように「歌いつつ塗りつつ」で、立派な竃巣が出来上がるのであろう。奥地を旅すると、木の枝にこの竃巣がぶら下っているのをよく見る事ができる。
 サンパウロの様な大都では見られない貴重な野外の写生俳句で、巻頭俳句として推奨させていただいた】

托卵を企む鳥は巣を持たず
風光る洗車の孫はきびきびと
ボール蹴る広場の子等に風光る

   プ・プルデンテ       小松 八景

南洲に煙突多し日脚伸ぶ
【「南洲に煙突多し」とは、ブラジルでは南にいくほど寒く防寒のため、ストーブを焚いたりペチカを焚いたりするので各家ごとに幾つかの煙突がある。北朝鮮では昔オンドルと言って、床の下に泥で火の通り道をつけどんどん焚口から薪を焚き、油紙の床を温めたものであるが、寒くなると此の煙突から何時も煙が出ていた事を思い出して懐かしい。
 寒い国の暮らし向きである。季語の「日脚伸ぶ」が真にさりげない選択で、この作者らしさの現れたしみじみいい句であった】

オンドル

オンドル

(Foto By Klaus314 at en.wikipedia (Transferred from en.wikipedia) [Public domain], from Wikimedia Commons)

高原に染井吉野が凛と咲き
地に響く長崎の鐘サンタカタリ―ナ
南州の桜祭りや摂氏八度
老人の育てし苗木花霞む

   ソロカバ          前田 昌弘            

ジャカランダ巡回診療バス来たる
【「巡回診療」とは懐かしい。あれはもう三十年も昔のことであろうか、長女をはじめ次々学校を終えた子供達が、上から順に巡回診療班と
してブラジルの奥地を回ったことを思い出している。奥地の方々にお世話になった話、珍しい木や花の話、今考えると医者としての勉強だけでなく、多くの先住移民の方々の話を聞いたり良い経験であったと思っている。
 「バス来たる」というと、部落の人々が大勢で待っていてくれたそうである。「ジャカランダ」という美しい春の季語が、よく選択された佳句であった】

前髪を掻き上げつ見る藤の花
まっさらな枕カバーやシクラメン
山道も舗装され行くつつじ坂

   ナビライ          小原 加代

園児らのどっと来て踏む春の草
【春ともなると子供の天国。歌をうたって絵を描いて、お昼を済ませた子供たちはどっと外に飛び出して、生えそろった春草の上へ転がりまわる。本当に無心に楽しいひと時であろう。 
 「春の草」という何とも言えない柔らかな優しい季語をもって、作者がまるで子供たちみんなの母親でもあるような佳句であった】

立ち尿る園児もありて春の草
待春の牛も伏し目に草を食み
存分に降りたるあとの木の芽萌ゆ

   サンパウロ         山本英峯子

鉢植ゑの韮も混ざりて狭庭かな
【うちの屋上にも韮が沢山な木や花の鉢の中に一列ほど植えられていたが、今はどうしてか姿を消してしまった。
 韮は春の季語であるが、夏になるとその柔らかな線形で扁平な葉の間から茎をのばし、結構愛らしい白い花を咲かせ風になびいかせている様子は、可憐である。作者もそんな花を愛しんで狭庭の鉢に韮を残しているのであろうか。平凡な俳句の様であるか、家庭的な女性らしい俳句であった】

この道は酒場通りよ春燈
ウオーキング足の向くまま春惜しむ
付きまとふ虻に手を焼くもどかしさ

   サンパウロ         秋末 麗子

菓子皿に色美しき草の餅
【春ともなると、日本人街の通りの店にこの草餅が並べてあって時々買ったものである。色粉を使わず本当の蓬だと、色も香りも全然違って、昔親元で母の作った蓬餅と同じで、とても懐かしく美味しかった事を思い出す。
 この句もそんな草餅を、この作者らしく草餅に似合った菓子皿に並べて、しみじみ眺め春の香りと優しい色合いを噛みしめえているのであろう】

   サンパウロ         建本 芳枝

白イペー広き芝生に輪を描き
【「白イペー」は九月から十月にかけて咲くが、他のイペーに比べると短命で二・三日で散ってしまうという。かずまの句に、『白イペー雲に紛れて咲きにけり  かずま』がある。
 この句のように「白イペー」は短命なので、二・三日中に散った白い花びらが、大きな樹木の落とす影の輪に添って白い輪を描いている情景を、すかさず咄嗟に詠んだのであろう。 
 立派な写生俳句であった】

ブラジル人も茶碗片手に浅蜊汁
落ち着かぬ親の見守る巣立かな
けんけんの列を乱して春の風

   アサイ           西川 直美

窓により白イペーの散ることよ
【ふと窓によると、庭の大きな白イペーの木から爽やかな風に吹かれては静かに花がはらはらと散っていた。「なんと美しい」、と思いながら見ていると、とどまることなく夜目にも白い花びらが散り急いでゆく。
 平明でありながら静かな白イペーの鮮やかに美しい佳句である】

独立祭騎兵の娘の帽子派手
下萌えや古き屋並みの石畳
白イペー薄き光の中に散る

   カンポス・ド・ジョルドン  鈴木 静林

老いの身に怠け癖つき日脚伸ぶ
【この作者は九十五・六歳かと思う。中々器用な人で何でも作ったり直したりとお元気であるが、今も相変わらず大工仕事や何やかとホームの手伝いを率先してされるのであろう。
 そんな作者が「怠け癖つき」という俳句であるが、少しお疲れの様子であろうか。長年俳句を詠まれるので、適切な季語の選択で「日脚伸ぶ」という佳い句である】

冬ざれや青草残るパンタナ―ル
老犬の長き欠伸や日脚伸ぶ
日脚伸び豆選る老婆の独り言

   ポンペイア         須賀吐句志

柿若葉猛犬の札見えかくれ
【「柿若葉」は他の若葉とはちがって、はじめちょぼちょぼとした葉がだんだん茂ってきて、その葉が萌黄色の鮮やかな光沢のある美しい若葉となる。その柿の若葉の美しさは、多くの俳人にも愛され詠まれている。
 作者もそんな柿の葉の美しさに見とれていると、ふと葉かげから「猛犬にご注意」という木札が見え隠れに目に入ったのであろう。機知にとんだ珍しい佳句である】

父親は娘に優し水密桃
新緑や三坪なれどもおのが城
人の世に不意はつきもの夏落葉

   サンパウロ         山口まさを

花卉祭豊かな村よオランブラ
【サンパウロの郊外に「オランブラ」という村があって、春になると「花卉祭」があると聞いているがまだ一度も行ったことはない。
 色々な花、草花など多くの植物を鑑賞したり、また売買するために開かれるお祭りであろう。春の季節に合わせて開かれる「オランブラ」こそ、この厳しい世情の続くこの頃に豊かな村とよばれる村であろう、という佳句であった。ぜひ訪れたい村の「花卉祭」である】

春塵を払ふ新車の匂ひかな
南伯の果ての国境牧青む
アマゾンの大河の彼方鳥帰る

   ヴァルゼン・グランデ    馬場園かね

鳥の巣や器用不器用それぞれに
花虻や子等と折り紙小半日
花みかん農園ホテル闇の中
君子蘭眺めつ老いの長話

   ヴァルゼン・グランデ    飯田 正子

木々茂り湖近き別荘地
遠き日にシャボン玉吹き草の茎
朝寝してカフェの香り日曜日
乾季こそ山火事多し草木枯れ

   イツー           関山 玲子

小鳥の日鳥かごの鳥気になりぬ
みかん花山の斜面の先は海
春の服着る間もなくて三十度
春泥のこの赤き色春の色

   サンパウロ         近藤玖仁子

あの春もこの春も又一人かな
燃ゆるもの燃えてはかなしジャカランダ
みはるかすジャカランダーは恋の色
ひとひらが雪割桜気をもます

   サンパウロ         松井 明子

じゃんけんで遊ぶ幼子風光る
親鳥と小鳥の別れ巣立かな
浅蜊貝小粒なる程砂多し
韮摘めば移民の暮らし忍ばるる

   サンパウロ         篠崎 路子

念願の孫遊学や百千鳥
髪切って褒められてをり春の宴
オムレツの出来上々や黄イペー
微笑みの手話たおやかに春の歌

   バウルー          酒井 祥造

春愁や負ふ噴霧器の重たさよ
春の雨豪雨となるやエルニーニョ
イペー咲きジャカランダ咲く里に住み
苗植の疲れを癒す青葉道

   アアチバイア        東  抱水

手を引かれにこにこ歩く青き踏む
住み馴れてをれどブラジル春寒き
湖の面に小波立てて風光る
風光る杖をたよりの散歩路

   アチバイア         吉田  繁

父の日に日本の孫娘会ひに来し
ずぶ濡れる瀑布のしぶき春の水
眼下にはイグアスの滝風光る
機窓よりモザイク大地風光る

   アチバイア         池田 洋子

風光る受けて茶園にバスの旅
春深し古き茶園の乙女達
幾年や堅き茶の葉に春日さす
茶の木古り工場跡は春闌けて

   アチバイア         沢近 愛子

風光る木々の装ひそれぞれに
藤の花やさしく咲きて和みけり
藤咲けば遠くに逝きし兄憶ふ
黄イッペー雨不足かな五分どまり

   ピエダーデ         国井きぬえ

野焼きより追はれしバッタ庭に入る
森の中黄イッペ―の花盛り
炎天下プールでボール投げあひて
小鳥来て蜜瓶空にして帰る

ブラジル歳時記の上では、十一月から夏ということになっております。初夏から少し選んで季語を書いておきますのでご参考になさってください。

 立夏・風薫る・夏野・根切虫・雨蛙・夏燕
 新樹・桐の花・西瓜・流燈・更衣・文化の日