ニッケイ俳壇(864)=星野瞳 選

   アリアンサ         新津 稚鴎

草むらに残る風音念腹忌
サボテンの実を赫くして露寒し
露むすびアスパラガスの実ぞ紅き
銀行に古着寄付箱冬に入る
天つ陽のあまねく麻州枯れ果てし
白き月浮べ広野は草の春
鳴き揃う夜蝉に今宵の月遅し

   北海道・旭川市       両瀬 辰江

ほうずきの色づきはじむ頃となり
秋灯下娘の便り来道と
捨てがたき履きやすき靴秋日受く
今日の日に出会えたよろこび息白し
朝顔や霜で苛立つ我が心

【今回もご投句ありがとうございました。お歳を多分おかさねになりましたでしょうが、お変わりなく御投句うれしく思います。私も元気で居ります】

プ・プルデンテ       野村いさを

立春や水銀柱は四十度
春寒むし老人体操欠かさずに
春めくや頭で辿る世界地図
舗道バールは不景気知らず春の宵
五十越す妻の遺愛の蘭に水

   サンジョゼドスカンポス   大月 春水

すれちがう連絡船の霧笛かな
桑苺捜すわんぱく子供等は
盆踊り亡妻の成仏願いたる
春霞奈辺に在るか友の家
胡蝶蘭沈思の春に何想う

   ジョインヴィーレ      筒井あつし

一通の文が宝や念腹忌
孫弟子を自負して祀る念腹忌
ホ句の道究むは難し念腹忌
春愁や死のふちに二度もさ迷いて
春眠や日本語テレビつけしまま

   ボツポランガ        青木 駿浪

走り根の庭八方に大榕樹
老歩む日課の一つ園薄着
古草や麻州平野の道標
万縁を広めし園の静かなる
噴水は園の要や夜の人出

   サンパウロ         湯田南山子

春暁の夢や邯鄲のものがたり
少年の口笛に応ふ朝サビア
日本館はサビアの宿と申すべし

『日本館』(写真:ブラジル日本文化福祉協会『文協50年史』より)

『日本館』とは、1954年サンパウロ市政400年を記念してイビラプエラ公園内に建設にされた数奇屋造りの建物。50数点の美術品の展示室や茶室などがあり、各種催し会場として利用されている。また、日本館には日本庭園もあり、錦鯉も見られる。(写真:ブラジル日本文化福祉協会『文協50年史』より)

歩行器をはなせぬままに春闌けし
大連休やすみ疲れて夏時間

   ソロカバ          前田 昌弘

花守の矜持抱きて逝きし人
市の分かつ無料の苗木樹木の日
巣作りのふくろうに牧遠し
出席者四十八士の念腹忌
強東風に師の福耳の搖るるかな

   ソロカバ          住谷ひさお

百寿祝ぐ稚鴎句集や風香る
うす曇りチョコレート蘭の匂ふ刻く
白イペー三度目となる花盛り
砂漠のバラ五つのつぼみ開くまで
塀越しに下るぶどうの青実かな

   サンパウロ         寺田 雪恵

囁きし速さに涸んでゆきしアマリリス
春うらら猫のいぶきを聞きにけり
年毎に蕨の届きけりまごころと
孤独なる時にはしみるジャカランダ
やり残したる雑事のあまた春うらら

   サンパウロ         佐古田町子

いびつな顔うつしシャボン玉飛ばす
ぜいたくなイクラの手巻き春の膳
容赦なき夕立あとの街清し
フリージアの香りただよふ句座楽し
いずこより吹くとも見えず木の芽風

   スザノ           古田 正子

春塵を避けて咲く花白白ろと
かぎろいて街に連らなる車かな
どこまでも直線道路陽炎える
健やかに生かされて居り春の虹
サビア鳴く只我がために鳴く如く

   モジ            太田よし子

胸元をちょっぴり開けて春の服
旅疲れ忘れしが食ぶ桜餅
まちまちの話題あふれて山笑ふ
一枚を脱いで着かえる浅き春
クアレズマすだれ咲きして橋長き

   ダンケ           山本よし江

天候の移り変りの春暑き
疲れたる午後の三時の目借り時
やさしさに心柔らぐあまな草
道のべの花に飛び交う紋白蝶
春眠やうつら聞き入る鳩時計

   イタカ           辻 ふさよ

暮れるまで頑張る農夫野良遅日
行く春や勤めし頃の紺スーツ
夕サビア寂しさ分ち人を恋ふ
桜貝を拾い集めし夢が浜
満月をおぼろに包み雲走る

   トチ            吉野 ふさ

町古りてパモンニャ売りも来ずなりぬ
夏時間早起きし午後もて余す
墓参り家内中の事を皆語り
糸もつれ指先を切りいたむ春
種もらい花の名覚え記す日記

   サンパウロ         小斉 棹子

二度読んでくれる便りを春灯下
春愁や人を立たせて座る席
惜春や老いし背丈の定まらず
二十年昔にあらず展墓の日
一列に孫子並べて墓参径

   サンパウロ         武田 知子

プリンスの握手の温みじんわりと
喜怒哀楽するりと抜けて春惜しむ
今生の端にまだ居て星涼し
別れにし影追ふ心イペー散る
雨風の去り行く果に虹立てり

   サンパウロ         児玉 和代

惜春や不通電話の一と日暮れ
来ぬ人を待晩春の雨一と日
春雨と云ふにおぞまし黒き雲
手入れせぬ狭庭に蘭の春深し
麗かや伸びない腕の美容体操

   サンパウロ         馬場 照子

成せば成る弓場八十年風光る
分け合ふ幸知らぬ世代の子供の日
タンポポや花に名のある事児等に
春うらら法螺笛吹けば和す犬等
子育ての疲れも見せて庭サビア

   サンパウロ         西谷 律子

母に会ふ心でありぬ墓参り
花すでにあふれておりぬ墓参る
この国に増えし血縁墓参る
油虫踏んだ感触足の裏
邦人の多き展墓や賑わいぬ

   サンパウロ         西山ひろ子

彩飛ばし一つの色に風車
思ひつくままに話して展墓の日
売れ残る犬の眠りや春愁
春寒し暑しと今年あとわずか
朝昼の温度差十度狂ふ春

   サンパウロ         柳原 貞子

我に課す健康管理日記買ふ
幸せは息災にして納め句座
傘寿期し自己管理とて日記買ふ
老いて子に従う我の師走かな
過疎村に人の増えたる墓参の日

   サンパウロ         川井 洋子

鳥帰る大地耕す移民の子
芹の茎水に挿し置く厨窓
春の雨日毎ゆっくり土ほぐす
とっぷりと暮れし日永の一と日かな
亀鳴くや入植記念の古写真

   サンパウロ         原 はる江

旧耕地通れば茫々竹の秋
惚けてるを知らぬ哀しさ春は行く
春の雨なべて潤おし心をも
雨降りの花野と化した墓参り
やもめかずら空家の塀に咲き侘し

   リベイロンピーレス     西川あけみ

耳うとく喧嘩の如く春の声
春愁や父の齢を今生きて
春風や両手広げて孫の来る
墓参り日本名多きモヂスザノ
※『モヂスザノ』とは、サンパウロ州のモジ・ダス・クルーゼス市、スザノ市のこと。両市ともに農業地域で、農業移民の日本人が多く入植した地方であり、現在でも日本人や日系人が多く住む。

みんな来て帰りて行ける春の月

   サンパウロ         平間 浩二

降る雨や紫濃ゆきジャカランダ
春愁や年金詐欺の横行し
春愁やインフレ厳し厨妻
春眠や目ざめてよりの深眠り
春暁のサビアの声にめざめけり

   サンパウロ         太田 英夫

寒鰤や喰らいつきそな面構
春雷に臍丸出しの妊婦かな
のぞき見た春の日傘は老小町
風船は親に持たせて眠る児かな
居候きめて二日目春の蝿