ニッケイ歌壇(502)=上妻博彦 選

      アルトパラナ     白髭 ちよ

幾日もの闘病生活空しくて友は一人黄泉への旅に
眠る如安らかな面(おも)の美しく並み居る人等に安堵与える
のうそん誌を繰り返し読み好みしと付き添いし人吾に語れり
のうそん誌を貸して上げたき人は逝き後幾冊も本棚に眠る
葬式を待つがに雨が降り来たり心にしみいる雨だれの音

  「評」一字一句をおろそかに出来ないと渾身の心を込め歌をつむぐ人、いよいよ二世歌人も少なくなって行く中に、歌仲間等をはげまし温めてくれる。二首、五首の下句、実感が迫り安堵を与えてくれる。

      サントアンドレー   宮城あきら

またしても銃声轟くパリの夜同時多発のテロルの闇に
カフェ街コンサート場も血の海に狂信の徒の銃口煙ぶる
泣き叫ぶ戦乱のさま文化の杜エッフェル塔の輝きも消ゆ
戦争の応酬の惨果てもなくパリ市街地に銃声続くも
三色旗の歴史の威信ひるがえし共和広場に団結の鬨(とき)

  「評」時事詠、整った作品群。同時多発テロの背後にあるものへの批判を抑える眼が感じられる。

  サンジョゼドスピンニャイス  梶田 きよ

晴れるかと思いし雨がっぼつぼつと降り始めたりあゝ春の雨
何となく心重たくなることも文春読みつつほぐれることも
割箸に添えられていしあの俳句ふと思い出すこんな所で
十二年住みたるまゝの日本の写真もあらぬブラジル育ち
昭和初期「壬生寺」で見て驚きし焙烙割りは今も惱裏に

  「評」どの作品も梶田さんの用語と心から生れるいつもの懐かしい世界『壬生寺』の近い京都中京区綾小路は、新撰組屯所跡、血なまぐささは『焙烙なべ』にまでおよんだのか、利は不覚にして知らない。

      サンパウロ      相部 聖花

萌え出でし樫の若葉はあさみどり夏の陽受けて濃さを増しゆく
一鉢のあじさい八つの蕾出で日びに眺むるそのふくらむを
にちにちに缺かせぬバナナの熟れ具合考えつつ買う選ぶひととき
弟の作りし生家の系図屆く家系の拡がり大なるを思う
父母、兄弟累係多き家系の図パソコン使い見事に仕上ぐ

  「評」家系図など一般の家庭から次第となくなる時世となって来たが、風変りな緻密な兄弟が生れていると、作成してくれる。先年訪日の折、小生の所もその家系図を弟が作ってくれた。この国のカタカナの名前なども入り初めた。二十本の指があるように、上から伝り、下に拡がって行く、各自が自覚してつづり続けるしかない。

      カンベ        湯山  洋

久々に畑に出向いて佇めばトラクターの音さえ心地良きかな
伸び早き大豆の若葉は風に揺れ畑見る吾は爽やかとなる
雨続き時間が欲しいと作物も少し弱った様子で伸び居る
豆作り草取り作業は過去となりエンシャーダも過去の農具に
雨暑さとうもろこしは天に伸ぶ肩せまくして農道を行く

  「評」久びさに畑に出向く作者。親子の絆の深さが想像される。二首目、下句の畑を見廻る爽やかな至福感を動画の様に見ることが出来る一連。

      ソロカバ       新島  新

例会は今日は中止の将棋会お盆休みと重なりたるに【友人の事】
免許期限あるにはあるがこの辺で止めるとするか車の運転【八十半ばの知人】
我を見て泣き出す幼児に微笑めば泣き募るには弱り果てたる
三時には早夕餉する老妻に迚も付き合う事は敵わず
一メートル余のハードルを越せぬとていらい薄するるいい年こいて

  「評」思ったこと聞いたこと何でも詠み、自分の歌とする。三、四首実に面白い。どこか違った風貌の人だと感じていたが、体操の選手でもあった様だ。

      モンテ・カルメロ   興梠 太平

わが恩師親友でもあるわが蔵書支えてくれるわが道連れよ
線香を供えて今朝も話しあう傘寿になった今も変わらず
両親の遺影を拝し思うなり母との絆は無条件なり
八十の声を聞くにも母上と桜吹雪は美しきかな
移り来て六十年のこの大地骨を埋めん愛する祖国

  「評」この大地に骨を埋むるときめてもやはり、母上と桜吹雪、日本の美しさが消えることはない。紅顔の美少年の頃、海を越えたであろう氏の傘寿。これまでの蔵書は、恩師でも親友でもあるのだ。

      サンパウロ      遠藤  勇

春夏の経過も知らず霜月と日記の日付け記し驚く
電飾のナタールの樹を飾る妻子供の様にはしゃいでおり
※『ナタール』はポルトガル語でクリスマスのこと。

街中の店の飾りも賑やかに何とは無しに心浮きたつ
雨の日に時の流れは淀みなくただ思う事成らざる多し
大相撲外人力士ばかり勝つ興味も無くて矢張り見ている

  「評」すべてが共感する作品である。年の瀬も迫った。この国の暮は、ナタールの電飾が美しい。妻もはしゃげば『何とはなしに心浮きたつ』作者には『成らざる』ことが多い。体躯のととのった侍の様な稀勢里関を何年も待ち望むのだが。

      サンパウロ      武地 志津

客席に琴奨菊と嘉風のファン隣りて字幕を掲ぐ
此のところ絶好調の嘉風に観客期待の拍手に歓声
白鵬の叩(はた)きに忽ち崩れたる嘉風関にざわめく館内
又しても賞金の束振りかざす態度醜し横綱白鵬
白鵬の土俵際での櫓投(やぐらな)げに惜しくも屈す隠岐海関
のっけから白鵬奇策の猫だましに翻弄される栃煌山関
惑わされ呆気なく寄り切られたる栃煌山の胸中やいかに
観客の期待を無視する白鵬の苦手力士を組まずに倒す
執念の記録に拘る白鵬の卑劣な振る舞い止みそうになし
怪我を押し土俵務める照ノ富士がっちり組んで白鵬敗る

  「評」いよいよ白鵬の限界が見えて来た場所であった。次の場所まで相撲解説は見られないので、十首つづけて出してもらう。小生は何年も前から稀勢里を見ているのだが、最終のふんばりがない。怪我も少ないし体も楽しみだし侍の風格があり乍ら、である。だから、次は照ノ富士との闘いか。
 『大方を韃靼(だったん)力士のしむるいま稀勢の里関雄々しからずや』

      グワルーリョス    長井エミ子

三十の階段の上に住む我よもう天かもね夏の雨降る
夕食は何作りまひょ問いかくれど汝(なれ)浮かぬ顔夏の入口
広辞苑汝(なれ)と取り合いしたかったこれから先もないでしょきっと
白い顔赤い唇源平かずら夏呼ぶ花よほろびの人よ
移民とは悲しきものよ水子二体広野に葬りて今を生きおる

  「評」作品を見せてもらう小生も十五階の住人。停電の時は、天まで登る思い。もう諦めている。広辞苑などあれば、頭のほてる夏の夜など枕にもってこいなのにと思ったり。

      バウルー       小坂 正光

大戦に兵量で劣りし吾が祖国特攻精神に敵は恐るる
米国のトルーマン名令、原爆は人類初の大量殺戮
評論家、渡辺昇一は正論じて東京裁判はメチャクチャと記す
マッカーサー米国議会で晩年は東京裁判の間違いを指摘す
日常の安全願いてひたすらに地上天国と思念なすなり

 「評」眠っていた資料が、ぞくぞくと出る今頃、人類最初の勝者による裁判、島国日本は骨抜きとされた。今は大国アメリカが、被害妄想国家となりつつある。