「ある日曜日」(Um Dia de Domingo)=エマヌエル賛徒(Emanuel Santo)=(9)

 リカルドとアナは、日本に到着するまで隣同士に座っていたが、はたから見るとその様子は、夫婦というより、たまたま乗り合わせた男女のようだった。

【第5話】

 日付変更線を越え、サンパウロを出発して3日目の夕方に成田空港に着いた。
 リカルドとアナの「新婚夫婦」は、外国人向けの入国審査窓口の前にできた長蛇の列の最後尾に並んだ。リカルドと同じような顔をしている日本人は、専用の窓口を通ってスイスイと入国している。狭い座席に座っての長旅の疲れが出たのか、アナは顔色が悪く、何か不安げな様子だった。
 やっと順番が回ってきて、二人は係の入国審査官にパスポートを見せた。審査官は、パスポートの写真と二人の顔を何回か視線を往復させて見比べ、うさん臭そうな顔をしながらビザの確認をした。その審査官はずっと不機嫌そうな顔をしていたが、結局何も言わずに二人のパスポートに入国スタンプを押した。
 入国審査のあとは、税関でスーツケースの中身をしっかり調べられた。税関の係官は、ずんぐりとした日系人とブラジル美人の組み合わせを不審に思ったようだ。
 入国の手続きを終えて、一階のロビーに出たところで派遣会社の社員が出迎えてくれた。アナはやっと安心したのか、笑顔を浮かべていた。
 二人は一緒に来た連中とともに、会社が手配したマイクロバスで群馬県に向かった。リカルドは疲れていたが、初めて見る日本の景色に興奮し見とれていた。アナは窓の外の世界には全く興味を示さず、リカルドの肩にもたれて寝ていた。
 夜遅くなって、ようやく彼らが住むことになる工業団地に着いた。二人に用意されたのは、錆びた外階段が付いたアパートの1階の部屋だった。入口の脇には、今ではブラジルでもあまり見かけない古びた二層式洗濯機が置かれていた。前にいた住人が買って、次の住人のためにとそのまま置いていってくれたらしい。
 派遣会社の社員は、「明日の朝、係の者が来るので、今夜はゆっくり休んでください」と言って去っていった。
 裸電球が垂れ下がったアパートの中には、台所兼食堂の向こうに、四畳半の和室が二つ付いていた。会社の手配で布団が一組ずつ用意されており、二人はベニヤの壁板で仕切られた別々の部屋で休むことにした。
 アナはベッドでしか寝たことがないはずなのに、なぜか手際よく布団を敷き、すぐに寝入ってしまった。リカルドは、慣れないところに来たのと、隣からかすかに聞こえる女の寝息が気になってなかなか寝付かれなかった。
 次の朝、リカルドは、窓から差し込む朝日がまぶしくて目を開いた。
「ボン・ジーア(おはよう)! 起きた?」
 眠い眼をこすりながら見ると、目の前に紙のコーヒーカップをもった女が笑顔で立っていた。
 ローライズのジーンズにチビTシャツを着ているため、可愛いおへそが見え隠れし、細い体に付いた豊かな胸と尻が強調されている。シャワーを浴びたばかりなのか、シャンプーのいい香りがする。顔にはあまり化粧っ気がないが、それがかえって清楚な感じの色気を引き立てている。
 リカルドは、自分がこんないい女と一緒にいるのは夢ではないかと思ったが、アナがくれたコーヒーを一口飲んで眠気が覚め、アパートの中を見回して驚いた。