「ある日曜日」(Um Dia de Domingo)=エマヌエル賛徒(Emanuel Santo)=(11)

 店の隣には旅行代理店、道路の反対側には雑貨店やレストランがポルトガル語やスペイン語の看板を掲げて商売をしている。なるほど山本が言った通り、その街では日本語ができなくても生活できそうだ。
 リカルドとアナは、それらの店で当面の生活に必要な食料品や雑貨品を買い揃え、かかった経費は後で折半した。
「電子レンジと冷蔵庫は早く買ったほうが便利よ」
 そう言うとアナは、スーパーの入口付近のカフェテリアにある情報交換コーナーに行き、引越しセールのチラシにさがった電話番号のメモを引きちぎるなり、いつのまにか手に入れたテレフォンカードを使って広告主に電話をしている。
 二人でブラジル人が好むトウモロコシのクリームケーキを食べながら待っていると、日系アルゼンチン人だという男が、車に中古の電子レンジと小さな冷蔵庫をのせて現れた。親切にもアパートまで運んでくれ、代金は合計1万円なり。
 二人にとって、日本に来て最初の日曜日は楽しく過ぎていった。
 夕方は奮発して近くのレストランに出かけると、そこにいた南米からの出稼ぎ連中が、二人に酒をおごりながら歓迎してくれた。日本に来たのに、二人ともまるでブラジルでの生活が続いているような気分だった。
 アパートに帰ってからは、時差ぼけに酔いも加わり、お互い別々の部屋に布団を敷いてすぐに寝てしまった。

【第6話】

 次の日は月曜日。二人にとって、いよいよ本格的な出稼ぎ生活が始まった。
 リカルドは自動車部品工場でベアリングを作り、アナは大手の家電工場で生産ラインに張り付いた。
 朝は二人で、コーヒーとビスケットだけの、簡単な朝食をとってから出かけた。昼は、リカルドは作業場で冷えたコンビニ弁当を、アナは社員食堂で温かいランチを食べた。
 リカルドは、「きつい」、「汚い」、「危険」の「3K」職場で、朝から晩まで汗と油にまみれて働くことになった。
 チームを組まされた地元出身の若い日本人青年は、休憩時間にはヘッドフォンで音楽を聴いたり、携帯ゲームで遊んだりして、職場の誰とも必要以上に口をきかなかった。噂では、彼は中学校時代に受けたいじめが原因で引きこもりの性格になり、どこの会社にも正社員として採用されず、「フリーター」とかいう生活を送ってきたらしい。
「どうせオレたちは負け組だよ・・・」
 職場での最初の日、リカルドが彼から聞いた言葉はそれだけだった。
 二人の上司である年配の課長は、リカルドの父親のように勤勉な日本人で、朝は一番早く出勤して、夜は毎晩遅くまで残って働いていた。仕事に厳しい人だが、リカルドのチームから不良品が出ると、「また外人がやったのか」と言うのが口癖だった。
 リカルドは、不良品が出るのはいつも日本人青年の不注意のせいだと知っていたし、課長も分かっているはずだと思ったが、フリーター君が定時で帰ったあとは、黙ってサービス残業をして、部品の不具合を調整した。
 アナが勤める工場は、大手だけあって、パートやアルバイトも含めるとたくさんの人間が働いている。仕事場が清潔な上に、福利厚生施設も充実している。