ニッケイ歌壇(507)=上妻博彦 選

      グワルーリョス    長井エミ子

クワレズマひと山燃えて免許証返却すべき年となりぬる
釣堀の魚淋しく眠れるや東の扉開け始むらん
山家あり蝦蟇ひっそりと眼(まな)縫うて過ぎ行く夏の熱きカゲロウ
何時もそう汝の計りで生きて来た残りの花は吾(あ)に摘まさせて
何もかも面倒臭くなって行くこうして老うる白い昼月
若竹の伸びにも増さる甥っこの背丈くらべや初春ひと日
カーニバル山家ごっそり草いきれ山鳥の群れいずこに潜む
人生のはなやぎの頃切り捨てたひと日ひと日を拾いをる今
身辺をととのえゆかなわれ古りて文の一ツも届かぬ月日
父親はいさめる事をあきらめて万年ボーイただ山歩き

  「評」上の句と下の句の対に引き込まれる。現代短歌に見られがちな冗漫さがなく、情感の深いところで捉えた具象表現で爽やかさがある。

      サントアンドレー    宮城あきら

初場所の大一番をガブリ寄る気迫の大関優勝の瞬間(とき)
ガブリ寄り右突き落とし土俵ぎわ琴奨菊に座布団が舞う
十年ぶり邦人力士賜杯を手に悲願の涙満場に満つ
屈辱の五度のカド番耐え忍び相撲道一途おのれ信じて
あっぱれの賜杯奪還誰よりも称えておらむ武地さん想う
暗き世に千秋楽のボルテージ最高潮の歓喜かみしむ

  「評」混沌とした世界情勢の今、相撲の大一番に心を置くことの出来る歌人のある事を救われる思いで読ませてもらっている。そして、『武地さん想う』は外ならぬ、武地志津さんだと。

      サンパウロ      武地 志津

息子夫婦孫ら加えて六人の家族集えり大晦日の夜
手巻寿司馳走するとて余念なく下拵えに精出す息子
高層のビルの向こうに威勢よく上がる花火を孫らと仰ぐ

ブラジルでは各地で花火があがり、賑やかに新年を祝う。 (Foto Paulo PInto/Fotos Públicas)

ブラジルでは各地で花火があがり、賑やかに新年を祝う。 (Foto Paulo PInto/Fotos Públicas)

恙なく和み過ごせる年の暮れ感謝を胸に蕎麦いただきぬ
華麗なる除夜の花火も終わりつつ新年祝う笑顔の抱擁

  「評」ありと有る境遇を経てのゆとりある作品を書く人であると思う。一家団欒の一連、ただただ感銘する。

      サンパウロ      坂上美代栄

腕組みて露店商人いねむりす盗む人なく買う人もなし
眼鏡屋で求めし眼鏡一個の値露店で売れるめがねの百個分
少々の雨にはめげず毎日を路上に品を広げ商う
どの店もにわか雨には気持ちよく客でなくとも入れてはくるる
駆け込みし閉店間際のレストランどしゃ降りになり椅子出しくるる

  「評」日常の見逃しがちな事を静かな目で見ると、気持ちのととのった作品なる様だ。一首、五首目、捉え所が面白い。

      サンパウロ      相部 聖花

片付けに家族の写真出てくれば思い出めぐり時経つを忘る
「ぶらじる丸」赤道通過証なども出てきて整理はとどこおりがち
夕空に聳ゆるユッカに止まる鳥一羽が去れば次の鳥坐す
遅咲きのしぼりの朝顔今朝二ついちょうを支柱にかそかゆれている
残暑きびし強き日射しにうなだれし植木も朝は生気とりもどす

  「評」もの静かな写実詠、どの作品にも読む者を安堵させる言葉の働きがある。

      サンパウロ      武田 知子

足に落ちし研ぎし包丁差し入れの食品にふれ娘の慌てふためき
足先と言えどチタンを入れた足付け根まで疼き歩行がたしも
レントゲン点滴を受け指先と言えあなどれず靴も履けずに
被爆の身いつも心にかけつつも歩行叶はずテレビ友とし
カーニバル香水いろ水掛けられつゝ歩きしは早や幾昔かな

 「評」台所での怪我。娘の差し入れの食品に、研ぎたての包丁がふれて作者の足に落ちた。娘さんが慌てるのも無理がない。かつて被爆の治療にチタン(チタニューム)を入れた足。折角の御摂養を。

      カンベ        湯山  洋

食料難骨身に沁みた父の夢家族揃って百姓する事
畑打って家族一緒に暮らせたらこれが一家の幸せと言う
酒好きで酔って未来を語る父此処で励めば夢が叶うと
この歳まで農を続けし吾は今父の希望を遂げし気がする
父去って三十余年まだ思うもう少し長生きして欲しかった

  「評」農をすてて都市に移った人が多かった。中にはこの作者の様な全肯定の農の人もある。各自の情況にも依るだろうが、天職の恵を受けたと言えよう。

  サンパウロ          遠藤  勇

まっ白な紫陽花の花咲きにけり汚れを知らぬ乙女のように
難聴の我に聞こえぬ雨の音手を差しのべて確かめており
何時止むと知れぬ長雨ぼんやりと眺めて居たり時を忘れて
姉見舞う我も病む者言葉無く眼を見交わして手を握り合う
お互いに卒寿を越えし姉弟気遣う想い言葉にならず

  「評」どの作品も読む者にすんなりと伝わり心を打つ佳作。卆寿を越えた姉弟への慶びと気遣いを知る思い、益々の御精進を。

  アルトパラナ         白髭 ちよ

若き日の見果てぬ夢を大空に想いを乗せて白雲が行く
羽あらば小鳥のように舞いたしと木々にとび交う小鳥眺むる
例年より雨多く降りクワレズメーラはところ狭しと花を咲かせる
腰痛に落ち込む吾を娘は呼びてパソコン開き動画を見する
婿も又セルラル指して珍しき犬のダンスを吾に見せたり

  「評」簡素鮮明にまとめた作品が好もしい。流るる雲に想いを託す、一首目。小鳥へのあこがれ、二首目、楽しく日々過ごされている。婿さんの犬のダンスのセルラルサービス、腰痛も回復されるはず。