「ある日曜日」(Um Dia de Domingo)=エマヌエル賛徒(Emanuel Santo)=(25)

「山本さんが初めてアパートに来た時、アナをじっと見つめていたので、いやらしいオヤジだなと思いましたが、そんなわけがあったのです。僕の妻は今回初めて日本に来たのですと言ったら、たぶん人違いだろうと言っていました。でも、ジュリオさんの話を聞いて、もしアナの妹カロリーナが、以前日本にいた時に水商売をしていたとしたら・・・」
「『エル・パライーソ』なら、私も聞いたことがあるよ。アミーガ(女友達)がアルバイトしてる店だ。行ったことないけど、区役所通りの向こう側にあるらしいから、たぶんここから近いよ。君がどうしてもと言うなら、今度その店に行って調べてもいいよ。でも、カロリーナがそこで働いていたことが確認できたとしても、アナの事件の真相を知る手がかりまでは出てこないと思うけど、それでもいいかい?」
「結構です。今度何も分からなければ、もうアナのことを調べるのは諦めます。お忙しいところ、またお世話になりますが、よろしくお願いします」
「その『お忙しいところ』っていうのは、皮肉っぽく聞こえるね」
 実は、リカルドから最初に相談を受けてから、私自身も彼の「妻」だったアナという女が、日本に来てなぜ死ぬことになったのか知りたくなっていた。会の活動というより、個人的な興味から、もう少しこの件を調べてやろうと思った。
 明日は早いというリカルドを新宿駅のホームで見送り、涼しい夜風にあたっていると、あることを思い出した。
「そう言えば、あの店は外人お断りだったな!」
 私はその場でケータイを取り出し、アミーガのジュリアーナ植野と連絡をとった。彼女に最後に会ったのは、リカルドが初めて事務所に来た日の前日だったから、二週間前か。あの時もずいぶん飲んだな。
 ジュリアーナは歌が大好きで、小野リサやマルシアみたいなプロの歌手になることを夢見てブラジルから来日したが、夢と現実は大違い。面倒を見るとか言った悪徳芸能プロダクションの男に騙され、パスポートは取り上げられ、どさ回りの落ちぶれ歌手の前座で稼いだギャラはピンされ・・・。彼女が、泣きべそをかいて事務所に相談に来たのは、もう半年くらい前か。歳をとると時間が経つのが早い。
 ジュリアーナは、今、私たちの会のメンバーが紹介した関東周辺のバーやレストランでボサノバやラテンポップを歌っているが、それだけでは生活費も稼げないので、時々新宿のエル・パライーソでホステスのアルバイトをしている。
「あっ、ジュリオ! 久し振り。コモ・バイ(元気)?・・・」
 電話に出たジュリアーナは、どこか地方都市のバーにいて、週末の夜にしては早い時間だというのに、もう店じまいを手伝っているところだった。地方は活気がないから、客も少ないんだろう。
 私が『エル・パライーソ』に行きたい理由を伝えると、元気な声でまくしたててきた。
「あたしー、まだ新人だからさ。昔のことだったら、クラブにいるベテランのお姉さんに聞いた方がいいよ。あたしー、誰か紹介するよ・・・」
「それから、いつか君、店は外人お断りだとか言ってなかった?」
「そのことだったら大丈夫だよ。あたしー、今度の水曜日には東京に戻って、夜はクラブで働くから、9時頃に指名して来てよ。あたしー、店では『マリア』って名前だから、よろしくおねがいしま~す。店長には、前もって、外人みたいな顔をした日本人が来るって言っとくから、心配しなくていいよ・・・うん、じゃ、待ってるからね」