「ある日曜日」(Um Dia de Domingo)=エマヌエル賛徒(Emanuel Santo)=(31)

「外人」のハンディがありながら、わざわざこの店まで来た甲斐があったと思った瞬間、カラスが持ってきた紙切れに手書きされた、内訳なしの請求額を見てぶったまげた。なんと、この時間のセット料金よりゼロが二つ多い。
 やはり、最低料金で目いっぱい楽しむ「外人」は、遊びに関しては、日本人よりはるかに賢い。
 賃貸マンションが生み出すあぶく銭をどうやって使おうかと考えたけど、簡単に入ってくる金は、簡単に出ていくもんだ。まあ、その代わり、ペルーから出稼ぎに来て子供のために精一杯がんばっているお母さんの給料が増えるんだから、世の中うまくできている。
 カイシャの人間じゃないので、ツケはきかない。プラチナカードでスッキリ一回払いすると、店長自ら、満面に笑みを浮かべてご挨拶。店の奥から出口までの花道では、カラスが総出でお見送り。夜が遅いので、ジュリアーナと一緒に店を出ることにしたが、「連れ出し料」の請求はなかった。
 ジュリアーナのマンションは近くなので、歩いて送って行くことにした。よく考えたら、クラブでは彼女とあまり話せなかった。
「あたしねー、エル・パライーソでオキニにしてくれてるお客さんから、東京の大っきい店で歌う仕事もらったの。いつまでも、地方のさびしい街でどさ回りすんの、もうやだからさー」
「また、変な男に引っかかったんじゃないの?」
「それは大丈夫。日本にも慣れたし、いろいろ経験して、男を見る目もできたし。でも、困ったら、またジュリオに相談するから、よろしくね」
 やれやれ、さっきのペルーから来たお母さんも、ブラジルから来たこのおねえさんも、本当に逞しい!男に騙されて終わらず、今度は、男をカモや踏み台にして生きている。
 楽しく会話をしているうちに、職安通りを過ぎて、大久保界隈に入った。ここから先は、韓国人をはじめとする外人の街だ。
 ドン・キホーテの横の通りを入ると、エレーナが言っていた韓国料理店の隣に、かつてカロリーナの客が住んでいたという、錆びた外階段が付いた「コーポ○○」というアパートがまだあった。
「えーっ!信じられない。『伝説のホステス』がこんなぼろアパートに出入りしてたの?あたしが住んでいるマンションの方がずっとましだよ」
 そこから二ブロック先のジュリアーナの住まいは、入口にオートロック機能が付いた、最新式のマンションだった。
「ねえ、よかったら、ちょっと寄って、飲み直さない?あたしー、明日、あっ、もう今日か、休みだからさー」
 せっかくの「お誘い」だが、ここは、女のプライドを傷つけず、大人の男を演じなければいけない。そっとジュリアーナを抱き寄せ、南米流に、頬に優しくキスすると、自分の唇と彼女の顔の間に、いつもより厚めに塗られたファンデーションを感じた。
「そうしたいけど、今日はやらなくちゃいけないことがあるから、帰るよ。今度また、君の歌を聴きに行くから。では、ボア・ノイチ(おやすみ)」
「そう、じゃ、約束だよ・・・」
 マンションの入り口から見送るジュリアーナの視線を背中に感じながら、職安通りまで戻り、帰りのタクシーを拾った。

【第16話】

 その夜は、頭が冴えて、ほとんど眠れなかった。