「ある日曜日」(Um Dia de Domingo)=エマヌエル賛徒(Emanuel Santo)=(41)

 さすがは「ヒルズ族」を目指す社長、乗っている車はメルセデス・ベンツのSLクラス。たぶん、日産サニーの新車が10台くらい買える値段だ。服装も休日らしく、ストライプのシャツにラフなジャケットで決めている。
「今日は、わざわざご足労いただいてすみません」
「いえいえ。えーっと、こちらは?」
「リカルド田中さんです。死んだカロリーナさんの旦那さんです」
 木村社長は一瞬うろたえた顔をして、リカルドに向かって深々と頭を下げて言った。
「本当に申し訳ありません」
「何が申し訳ないのか分かりませんが」と、リカルドはキョトンとして言った。
 1階に上がり、私の部屋に入るなり、その雑然さに少々驚いた様子の木村社長に、まずはリラックスしてもらうことにした。
「まあ、社長、座ってください。コーヒーでもどうですか。いつも社長のところから買ってるやつですが」
「毎度ありがとうございます」
 それから少しの間、木村社長の近況について尋ねた。11月の中旬には六本木ヒルズのレジデンスに入居し、12月には、何年ぶりかにブラジルに出かけて、コーヒー豆の輸入拡大について商談するそうだ。仕事の話をする時の木村社長は、クールで頼もしい経営者のイメージだ。
「ところで、社長、先日電話でお話したカロリーナさんのお子さんの件ですが、何かご存知ですよね」
 本題に入った途端、社長の顔は不安そうに歪み、目がうつろになった。
「それから社長、今日同席してもらったリカルドさんは、奥さんだったカロリーナさんが、何のためにまた日本に来て、なぜ死んでしまったのか、本当の理由を知りたがってます。社長もご存知かと思いますが、カロリーナさんのことについては、警察に調査を頼みにくい事情がありまして・・・、リカルドさんの依頼もあって、私たちの会が独自に調べてきました。今日社長からお聞きすることは、会の関係者以外には絶対秘密にするとお約束します」
 木村社長は、コーヒーを一口飲んで落ち着きを取り戻し、意を決したように語りだした。
「9月初めの週末でした。リカルドさんの奥さん、つまりカロリーナが突然目の前に現れた時は、何年か前に、彼女に初めて会った時よりびっくりしました。その日は土曜日で、午後にたまたま仕事の用事を思い出して、西新宿にある自宅から事務所が入っているビルまで歩いて行くと、彼女が入口の前に立っていました」
「それは、9月3日の午後の、遅い時間ですよね。その日、カロリーナさんは、午前中働いて、旦那さんに『友達のところに行きます』とメモを残して、昼ごろに群馬の自宅を出ています」
「そう、確か、もう5時近かったですね。例の代議士先生の娘との婚約破棄の件でマスコミがうるさいので、私は最近帽子とサングラスで人相を隠していますが、カロリーナはこちらを一目見るなり、私だと見抜きました。彼女は再来日してから、私と連絡をとるために、大久保の前の事務所やアパートに何回か電話をしていたそうです」
「そうか、カロリーナが時々職場からどこかに電話していたという話を、彼女の仕事仲間から聞きましたが、木村社長を捜していたんですね」
 リカルドは、一つ謎が解けたようだ。
「私は、住居と会社を引っ越して、電話番号も変えたので、連絡が取れなかったのですね。どうしても居所が分からないので、思い切って東京まで出て来たそうです」