「ある日曜日」(Um Dia de Domingo)=エマヌエル賛徒(Emanuel Santo)=(45)

 リカルドが、また興奮して話し出した。
「社長は、自分の都合で婚約者を捨てたのでしょう? もう何の役にも立たないと思って。カロリーナを捨てた時と同じだ。政治家の娘なら利用価値があるけど、ただのオヤジの娘じゃ、あなたにとって何のメリットもないですよね」
「いや・・・それはちょっと違います。正直に言うと、私自身は、先生の後ろ盾に期待していましたし、先方の家族も私の将来性に期待していると思っていました。でも、婚約解消を言い出したのは彼女自身です。彼女は、私から純粋な気持ちで愛されていないのではと思って、いつも不安だったそうです」
「なるほど。人間誰でも多かれ少なかれ打算的だけど、それだけじゃ生きていけないわけだ。で、カロリーナさんのことに話を戻すと?」
「新宿で食事をしたあと、六本木のディスコに出かけました。その夜は、彼女を群馬までタクシーで帰そうと思いました。外人がたむろするディスコのボックス席で飲んでいると、顔見知りのクスリの売人が声をかけてきました」
「クスリって?例の六本木で流行っているという、飲むと楽しくなるやつですか? 社長もやっていた?」
「実は、事業がうまくいって、ずいぶん金が入るようになりましたが、心の中は落ち着きませんでした。一生懸命働いて、運よく勝ち残りましたが、いつも不安だったんです。会社の株は下がらないかとか、ライバルが現れないかとか、お客さんのクレームへの対応とか・・・。いろんな不安を抱えて、その不安を振り払うために何かが必要だったんです」
「カロリーナさんがいた時は、そんな気分にはならなかったでしょう?」
「そう言えば・・・」
「でも、どうやってクスリを売る奴と知り合ったんですか?」
「六本木への進出を決めてから、若手の実業家たちのパーティーに呼ばれるようになりました。情報交換会とかいう集まりで、今流行りのIT長者も沢山いました。そんな会に出ると、二次会でよくディスコとかバーに誘われて、そこで勧められたんです。私も、好奇心から、つい手を出してしまいました。金というのは、持てば持つほど失うのが怖くなるみたいで、私にクスリを勧めたいわゆる『勝ち組』の連中も、みんな不安を抱えて生きていました。クスリが効いてる間は、そんな不安が吹き飛ぶんですよ」
「社長、もし勘違いしてたらすみませんが、先日取材でお伺いした時、やられてませんでした?」
「・・・お分かりでしたか。お恥ずかしい限りです。あの取材の前の週は、いろいろ仕事上のトラブルがあって、少しうつ状態でした」
「そう言えば、アポの確認で前日に電話した時は、何か元気がなさそうで、相当お疲れだなと思いましたよ」
「でも、今はもう、キッパリとやめました。ちゃんと心療内科の医者にかかっていますし、同じ薬でも、医者が処方してくれるものを飲んでいます」
「社長、まさかそのクスリをカロリーナに勧めたんじゃないでしょうね」
 私の代わりにリカルドが聞いてくれた。
「実は・・・、いつもの習慣で、軽い気持ちでクスリが入った袋を一つ買いました。まず、私が一粒飲んで、カロリーナには『エクスタシー』という飴だと説明して袋ごと渡しました。カロリーナは、新宿のレストランから飲み続けてだいぶ酔いが回っていたみたいで、何のためらいもなく酒と一緒にいくつか飲み込んで、残りは彼女の手提げバックにしまいました」