ニッケイ俳壇(890)=星野瞳 選

   アリアンサ         新津 稚鴎

沈み行く月に妻恋鹿の鳴く
横書きの文親しめず秋灯下
生え広がり咲き広がりて秋桜
引力に耐えて暮れゆくパイナかな
除夜告げて我が家に古りし鳩時計

   北海道・旭川市       両瀬 辰江

これで終りと思わせて春の雪
雲一つ無き空の画布鳥帰る
薄ら氷を踏み蹴散らして登校児
気がつけば流氷すでに去りしあと
日脚伸ぶ追越されつつポストまで

【御地は春の終り、こちらは秋に入りました。お変りなくお元気な由、うれしく思います。私はもう二ヶ月したら百才になりますが、おかげさまで元気です】

   ボツポランガ        青木 駿浪

注文の和菓子屋届く新小豆
風紋の静かに動く秋の風
余生今四季を楽しみホ句の秋
妻病める一喜一憂星流る
新米は米寿の妻の誕生日

   ペレイラ・バレトット    保田 渡南

雲の峯描けて一ト日を画家倦まず
宙蹴りに決めしゴールや風光る
牛追って馬と転ぶや露の牧
モンジョロのこぼす水音夜の秋
馬吊って船の起重機天高し

   サンパウロ         湯田南山子

赤のママ摘みし孫らも母となり
焼藷やおやつのコーヒー先ず嗅いで
秋の蚊やデンゲと聞けば尚憎し
蹴つまずき年には勝てぬと老の秋
三月尽九十五才の誕生日

   サンジョゼドスカンポス   大月 春水

涙雨降らずカラッと晴れわたる
秋祭善男善女の十万人
老班のしるき両掌で握手する
ワクチンの風邪予防もまだ来ず
老眼鏡に頼る字引きの小さな字

   ソロカバ          前田 昌弘

泥濘と化したる河や鰯雲
光芒と云い蒼茫と云い星流る
椰子酒を酌みつつ愛でて椰子の月
ビル街の灯し火淡く霧流る
稲光プールの底に見し奈落

   ピラール・ド・スール    寺尾 貞亮

秋の夜に葉を刈り運ぶ蟻の群
ゴウペ受く大統領や秋入り日
 ※『ゴウペ』はポルトガル語でクーデターの意。
落胆の国を照らす月今宵

   ソロカバ          住谷ひさお

宵待の月の残れる朝かな
寒波来る兎はそなえあるらしく
着重ねてポストへ心電図とりに行く
腰痛をなだめつ散歩着重ねて
例年の柿祭への案内状

   サンパウロ         寺田 雪恵

焼き芋を包み重ねて友を訪う
漬物を出されて老の秋深む
露しとどよもぎ摘みたり誕生日

   イタチーバ         森西 茂行

原爆忌人道無視の暴挙なり
乾期には旅行プランあまたあり
小学校だけが入学体験し
日本の菊花頭飾最高に

   アルバレスマッシャード   立沢 節子

新曲のカラオケ稽古天高し
孫に餅いくつ食べるかと聞いて焼
鏡餅異人の嫁も餅が好き
蚊取線香一日付けて老の部屋
猫の尾が枯葉落して部屋温し
孫と飲む秋の緑茶の絆かな

   サンパウロ         鬼木 順子

緑蔭の中色鳥の囀りて
花祭り小さき釈迦に甘茶かけ
花祭り甘茶貰いて花貰い
髪切って落ちし毛の秋風に舞う
クアレズマ紅葉落ちたる水飲場

   サンパウロ         小斉 棹子

母の日や行く末といふ月日あり
仮の世の昭和に生まれ残る虫
残る虫互いのところには触れず
洗ふよりやはり研ぎたし今年米
五十人しずかに囲む月の句碑

   サンパウロ         武田 知子

戸開くれば思いしよりも冬めけり
夜長の灯鼻に残りし眼鏡あと
銀座にも路地あり集ふ残る虫
時雨るるやぶつかり歩く地下の街
終活は捨てる事より冬に入る

   サンパウロ         児玉 和代

残る虫わたしの一句も侘しかり
家中の秋燈点せど小暗き喪
新調の服の目を引き冬めける
寄生木にからまれ老樹秋は逝く
薄日洩れ一足跳びに冬めきぬ

   サンパウロ         馬場 照子

世界の田舎守る英雄秋の闇
未来の国と云われて久し露しとど
旧き名を日本街てふ花まつり
日比谷公園に集ひときめし初メーデー
常夏の夏の忌に今年も凛と白椿

   サンパウロ         西谷 律子

こいのぼり立ててブラジル運動会
末枯や先細り行く日系社会
残る虫目うすくなれば耳敏く
姑に子をあずけ踊りの輪に入りぬ
新涼やキラリと光るイヤリング

   サンパウロ         西山ひろ子

虚子忌終え出合ひし佳句の余韻なほ
それぞれに会話弾みし虚子忌バス
お煮しめの旨きに力虚子忌句座
冬めいて五体の縮む思いかな
せんべいの音出す旨さ夜長妻

   ピエダーデ         小村 広江

老いたりと思いたくない残る虫
労働祭頑張るよわいとうに過ぎ
羽抜け鶏不様な首を伸ばし見る
ある物で事足る老の冬支度
咲ききって貴婦人思わすカザブランカ

   サンパウロ         柳原 貞子

いつまで続く地震のニュース胸を打つ
飴色に大根炊けて子等を待つ
これしきと侮るなかれ寒波来る
脇役として素うどんの葱香る
堂々とそして優雅なカザブランカ

   サンパウロ         川井 洋子

会話無き母との暮らし冬めきぬ
石段の陰冷え初めて冬めける
ホームレス国旗に包まる労働祭
開拓に祭日も無く労働祭
残る虫宿無し人と園の隅

   サンパウロ         岩﨑るりか

求職者長蛇なしおる冬の朝
残る虫大きな鋏重たげに
残る虫よたよたと地をさまよいて
統領は自己の防衛寒波くる

   サンパウロ         原 はる江

失業者増え行くのみの労働祭
急激の寒波に戸惑うホームレス
去りし人呼ぶかに鳴いて残る虫
およばれの道に迷いて暮れ早し
生え茂りし紫蘇も実となり秋は行く

   サンパウロ         玉田千代美

忌をすませ心さみしく秋の夜
侘びしさを秘めて秋風頬なづる
出掛けたき思ひふくらむ秋日和
子を頼る余生をすごす秋の行く
吹きたまる色よき落葉庭すみに

   サンパウロ         山田かおる

冷房バス下りればリオは暑い秋
連休を波とたわむれし秋の海
受難の日嫁に従いミサに行く
さわやかな秋風頬にプール通い
天高し大海原で釣りたのし

   サンパウロ         大塩 祐二

飴色の青首大根夕餉膳
白じらと明けゆく湖に鴨群れる
貧富の差除けと世界で労働祭
切々と季を惜しみ鳴く残る虫
ただ一と夜驟雨のすぎて冬めける

   サンパウロ         大塩 佳子

労働祭苦汁届かぬ汚職の国
土間の隅鳴く音も弱く冬の虫
独り居の厨に入る日冬めきて
媼八十七スマホ習得冬楽しげ
共に渡伯猫背に温きちゃんちゃんこ

   リベイロン・ピーレス    西川あけみ

大会の無事に果てて残る虫
冬めきて屋台に並ぶ菜の青し
農大生カカオ胡椒植えバイヤぬくしと
帰り花花弁小さく咲きにけり
ゴムの木もマンゴスチンも小春畑

   ヴィネード         栗山みき枝

いぶし銀すすきの庭の風情かな
朝霧のからりと晴れて秋の空
買物に犬三匹のお供かな
幸せは一日の夢にも花開く
だし汁は手作りときぬ我が仕事

   サンパウロ         平間 浩二

ポインセチア窓辺明るき厨かな
里山の一村挙げて柿祭
身に入むや熊本地震ゆれやまず
冬めくや一足飛びに冷えし朝
激動の昭和を生きて残る虫

   サンパウロ         太田 英夫

南瓜売る丸々肥えしドナマリア
かじりつく柿に虫歯も折られけり
マリア像御鼻の上に秋の蝿

   アチバイア         吉田  繁

すれ違ふ女の香淡し花野道
旅侘びし一夜病みたり温泉の宿
食あたり点滴受ける秋暑し
二の腕の秋蚊叩くや昼の宿

   アチバイア         宮原 育子

ブラジルに菫の花多し復活祭
灯ともせばひそかに壁による秋蚊
故郷や木槿の垣根来れば実家
夜半の秋めっきり寝嵩減りし夫

   アチバイア         沢近 愛子

温泉の宿や椰子の葉蔭に茜花
古里の登校径に花槿
秋の旅入日美し地平線
鄙の道蜻蛉飛び交ひ愛らしく

   アチバイア         菊地芙佐枝

柿供え三泊四日のゴヤス旅へ
友逝きて再びめぐる秋茄子季
赤とんぼ何十年ぶり目にしたる
耳鳴と秋蚊の合唱ひとり聞く

   マイリポラン        池田 洋子

バス旅行秋野流れて雲多し
秋の野に見わたす限りキビ畑
秋の雲映して大河悠々と
百周年記念の橋に秋の雨

   ジョインヴィーレ      筒井あつし

清楚なる民族衣装秋祭
アコーデオン奏でるガウショ秋祭
ドイツ人ワインで祝ふ秋祭
チラデンテス国は汚職で揺れ動く
雲一点なき明けの空冬隣る

   サンパウロ         佐古田町子

冬枯れの山川草木大平野
ことごとく落葉し大樹冬木立
ためらわず枯れたる菊を火の中へ
火にくべる霜枯れの木々炎かな
大根の花は白とうすむらさきに