ニッケイ俳壇(891)=富重久子 選

   サンパウロ         田中美智子

冬の旅詩情溢るるグラマード

【グラマードはブラジルで最も南の町で、冬の旅は少し寒かったであろうと思われるが、それだけしみじみとした情趣に富む恵まれた良い旅ができるものである。私も二、三年前グラマードを旅したが、寒くて手袋やマフラーを買い求めた事が懐かしい。 
 旅吟として詩情豊かに詠まれてあり、説明や言葉をはさむ必要も無い一連の旅情溢るる佳句揃いであった。母と娘、それに可愛い盛りの孫さんとの三人の、自由で心豊かな楽しい一週間の旅と聞けば、何度も読み返したくなる程の興味ある佳句ぞろいである。冬季の旅行吟として巻頭に推挙させて頂いた】

踏みしめる枯葉散り敷く旅の道
町一つすっぽり包む冬の霧
母と娘(こ)の尽きぬ語らひ暖炉燃ゆ
鉄鍋のフォンデュとろりと冬の夜

   伊賀、上野(訪日中)    小松 八景

美しき春の天草一泊す

【「ブラジルの皆様お元気ですか。日本では南から北へと田植えの季節です。自然で豊かな日本ですが、熊本の地震など堪えねばならぬことも宿命であります。六月からは関西です。ニッケイ俳壇の皆様、お元気で。」という、俳壇投句紙のあとがきにあったが、旅吟が送られてくる度、やっぱり俳句を学んでいればこそこうして楽しい旅行吟が詠めるのだと、心からうれしく思ったことである。生き生きとした佳句であった】

震災の熊本城を春霞
六十年すぎたる古都の池温む
里の春若き青春鏡岩
菜の花や民家の古き奈良の旅

   サンパウロ         串間いつえ

しぐるるや嫁も娘もライスカレー

【「ライスカレー」は寒い時によいと思うが、元々は印度の料理である。今ではカレーが日本独特のものとして好まれている。調理の仕方も色々あってそれぞれに料理されるが、最近は味付けのルウがあって簡単に出来るので、よく利用され皆の好物になっている。
 「しぐるる」という冬の季語で、楽しい食事の様子が思われる女性的な佳句である】

大河州へつづく国道冬に入る
末枯れの街道無口であればなほ
いとほしむ老いのくらしや猩々花

   サンパウロ         渋江 安子

母の日や好みのものを買って来し

【毎年巡ってくる「母の日」を今では孫たちまでが祝ってくれるが、何となく面映い。
 この句の様に、自分の本当に欲しい物、食べたいもの、行きたい所など考えればきりがないが、「好みのものを」とはどんなものであろう。前々から目をつけていた洋服?好きなお菓子?と想いは広がっていく。
 「母の日」の珍しい楽しい佳句であった】

枇杷の花目立たぬ色もよき香り
冬の雨予定狂ひしバスのスト
朝しぐれ鳥の鳴き声聞こえずに

   サンパウロ         高橋 節子

足許に西瓜ころころ転がして

【時々旅をした帰りこの句の様に、道端に売っている西瓜を買ったりするが、それも楽しい旅の思い出。又車を走らすと、丸い西瓜がころころ転がってあっちへ行ったりこっちへ来たりと楽しいリズムのように思われる、と言う楽しい佳句であった】

途中下車西瓜と水を買ひにけり
帰途に着く曲り街道西日射す
家に着きホット一息レモン水

   アチバイア         宮原 育子

境界を逞しく分け竹の春

【竹は春黄葉して質も悪くなるが、秋になると若竹は成育して性も良くなるので,竹にとっては春が竹の秋であって、秋が春になる。この句のように、「竹の春」である秋には境界を逞しく分けて守っているという、少し理解の難かしい佳句であった。
 慣れるまでは少し迷うが、理解して覚えたい「秋の季語」である】

野良帽子吹き転がして野分過ぐ
夫の故郷筑後平野よ今年米
病院の植込みも今朝末枯れて

   サンパウロ         山岡 秋雄

窓越しに挨拶交はす初しぐれ

【普通の平屋の隣同士でも、またアパートの隣人でもふと窓を開けた時顔が合えば、ボンジーア〟とかお天気の挨拶でもするのが、常識であろう。
 ましてや最近のようにセッカが続いていて雨を待っている時、初めて降ってきた雨を懐かしく思いながら、挨拶に交えて話すことは心楽しいものである。「初しぐれ」の季語の選択がよい佳句であった】

舞ふウルブー漂泊詩人宿いづこ
往き来する人皆太り冬の町
お犬様の腹巻照らす冬の月

   サンパウロ         建本 芳枝

子に語る亡母(はは)の人生母の日に

【子や孫に昔の事をよく聞かれるが、中々まとまった時間が無くついその儘になってしまって、何時か話してやらねばと思っている。
 作者もきっとそうだったのであろう。
 「母の日」に思い切ってしみじみ自分の母親のことを、ゆっくり話して聞かしたという優しい母親の佳句である】

枇杷の花剪定もせず好きに咲き
小夜時雨玄関の椅子また濡らし
建設の埃まみれに枇杷の花

   ポンペイア         須賀吐句志

熱燗に昭和の話盛りあがる
冬温し定期検診孫と行く
余生なる静かなくらし冬の月
損得は昔の話日向ぼこ

   ペレイラバレット      保田 渡南

納屋の戸に運びこぼれて今年米
燃え尽きて流星消えし樹海かな
花火鳴るたびに哭く犬可愛ゆけれ
秋の夜をたたかふ汚職劇を見し

   アチバイア         吉田  繁

竹の春孫十四人伸び伸びと
末枯れの余生に出会ふホ句作り
大野分ハウス五棟を倒し行き
秋灯下訪ね諸国の旅日記

   アチバイア         沢近 愛子

朝毎のサビアの一声目覚め良し
亡夫植ゑしマナカが今年も蕾つけ
椰子の葉をざわめき揺らし野分吹く
庭芝に一と雨欲しき秋ひでり

   アチバイア         菊池芙佐枝

もう一枚布団増やせば難民めく
日向ぼこ予防注射の列も良か
母の日の電話をじっと待ってる子
友からの赤き万両恋予感

   アチバイア         池田 洋子

秋惜しむ月に一度の至福の茶
ジャムに良し柚子の実皮も汁も良し
馬肥ゆる候とて食欲いやまさり
末枯の風情分からぬ異国の子

   カンポスドジョルドン    鈴木 静林

老人ホーム虫の声のみ午後の九時
群れ駝鳥パンパを駆ける暮れの秋
星月夜宝石の如カ・ジョルドン
晩秋の牧は赤土斑模様

   スザノ           畠山てるえ

小豆飯手軽がうれし炊飯器
久し振り雨はらはらと秋の町
ホーム訪ふコスモス日和旅日和
末枯れて乾く空気に目のかゆき

   サンパウロ         松井 明子

大根を上手に炊けたと孫を褒め
冬日和仲良し同志日向ぼこ
梟の声優しくて愛らしく
母の日や病む人哀れもらひ泣き

   サンパウロ         上田ゆづり

水面にひとり輪を描く浮寝鳥
犬と猫冬の陽差しを分かち合ひ
返り花一夜の闇に散りつくし
花の無き花壇縁どる龍の玉

【この時節の花壇には、中々花を見ることがむずかしいが、花壇の縁取りに「龍の玉」は良い季語の選択で格調高い佳句となった】

   サンパウロ         小林 咲子

渡り鳥雨の降る夜を旅立ちぬ
この国の行方を憂ふ兵士の日
何時の世も別れは辛し小夜時雨
濃緑の水面ふるはせ夕時雨

   サンパウロ         日野  隆

孟宗竹いつの間にやら天をつく
出稼ぎで浪費ぐせつき冬の町
黄金の稲穂実りて風そよぐ
夕焼けて釣瓶落としの早さかな
      
【初めてのご投句でしたが、良くできていました。ただ季語の重なっている俳句と、季語のない俳句がありましたので、添削させて頂きました。ご自分の原句と照らし合わせて、ご参考になさって下さい。次のご投句をお待ちしております。(五月、六月、七月)までは、ブラジル歳時記で冬になっております】