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ニッケイ俳壇(897)=富重久子 選

サンパウロ         串間いつえ

みみづくや夜の長きを聞かずとも

【みみづくは梟と同属であるが、耳という毛角を持っているのでそう呼ばれる。
この句は木莵と漢字を使わず「みみづく」と詠んだことによって、耳のあるづくの姿が想像され一句が実に柔らかい感触を読者に与える。また冬はどうしてこんなに夜が長いのかと、人間に話すように詠み上げたところ、見事な省略の利いた秀句であった】

短日の一家五人が来たりけり

【二句目、「短日」は今のこの季節で冬の日は短く、すぐ日が暮れて気がせかれ、仕事も中々捗らないのも短日のこの頃のせいである。
そんな気の急く或る日、親子五人がやって来たのであろう。訪ねてくれるのは有難く嬉しいがという想いが、「短日」という短い季語によって立派に詠みこまれている。この度の立派な巻頭俳句であった】

街頭のさすもささぬもしぐれ傘
ジュニナ祭セルタネージャの曲に乗り
閑人の呟き聞くも枯茨

サンパウロ        平間 浩二

ゆげ上げて今生み落とす寒卵

【田舎でしばらく農業をしていた頃、この句のように、よく寒卵なる鶏の産み落とす様子を見たものである。
この句の「ゆげ上げて」とは、まことにその通りである。鶏小屋からけたたましい鳴き声がして麦藁の敷いた産卵小屋は三・四羽が中腰で産み落とす卵は、まさしく寒さの中うっすらと湯気をまといながらの寒卵である。
実に的確な好もしい写生俳句である】

一輪を孤高に活けて寒椿
赤き実に鋭き棘の枯茨
波砕く白き燈台冬景色
短日や四方山話切り上げて

コチア          森川 玲子

ネオン散る池の水面に浮寝鳥

【「ネオン散る」という、まことに適切な良い表現の言葉で、この一句が生き生きと浮き立って読者に迫ってくる。
夜の池にはしずかな冬風がそよいでいて、ネオンの美しい彩あいが池の面を散りばめている様子である。そんな池の静かな佇まいのなか、幾らかの鳥の群れがそれぞれ長い首を羽の中に埋めて憩うて居る様子である。
静かな美しい佳句であった】

移り来て疎き(うとき)元号移住祭
冬の蝶ハウスの中に翅休め
遠くより火のはぜる音脂肪草

トメアスー        三宅 昭子

大農園描き接木に賭ける夢

【トメアスーは、胡椒の特産物で有名であることは知っているが、作者が胡椒で大農園を夢見ていることは素晴らしいと思う。
接木は彼岸前後に果樹の改良や、繁殖の為にするとあるが、私は一度も見たことが無いので良く知らない。胡椒の栽培にも接木を適応されて収穫を増やすことが出来るのであれば、大いに期待される事業だと思う。トメアスーの地で奮闘される作者に、心から励ましのエールを送りたい。印象的な佳句であった】

たわわなる庭を夢見て接木せる
器用なる夫の思ひ出接木の刃
火の鳥草輝くいのち野に満ちて

サンパウロ         大原 サチ

友見舞ふいつしか外は夕時雨

【時雨は前触れも無く、時々降ってくる雨をいうが,今降っていたかと思うと日が射して晴れていたりと、そんな雨である。
作者は友達の病気見舞いに出かけて、帰りの道に出ると思いがけなく雨が降っていたのである。何となく侘しい雨で、この俳句によくそぐうた冬の季語であった】

すれちがふ人にも笑顔冬日和
麻州路の山を囲める花イペー
 ※『麻州』とは、ブラジル・マトグロッソ州のこと。
日向ぼこ老猫に場所取られけり

ボツポランガ        青木 駿浪

妻静臥点滴栄養冬きびし

【長年の献身的な看護にも、時々疲れの見える様子が俳句にも現れていて少し心に掛かっていたが、今年のこの寒さには、病床の方もお辛いであろうと思う。
「点滴栄養」ということで、作者も一層の心遣いであろうと推察されるが、「冬きびし」という下五の言葉に、早く春の訪れを共に願って止まないものである】

健康に留意の老に日脚伸ぶ
闇深く凍星澄みて夜半の空
立冬に御自愛あれと友の文

ペレイラバレット      保田 渡南

寒紅や利かぬ気の顔引き立てて

【毎朝洗顔の後鏡の前に座り、一日を生きる自分の顔を整える時、色々ある口紅をこれがこの寒い朝の「寒紅」というものだなと、しばらく眺めていていい呼び名だなと思う。昔は寒中に製造された紅が良いとされていた。
この句の様に寒中に濃くつけた紅は「利かぬ気の顔」を一層引き立てると言う、若々しさを現した佳句であった】

爽やかや移民の建てし時計塔
空高く腐肉に飽きしウルブの輪
爽やかや浄土を説きて僧二世

サン・カルロス       富岡 絹子

帰り花還らぬ人を恋ふ庭に

【時季でないのに思いもかけず咲く草木の花をいうが、初冬の小春日和の頃に多く、躑躅や桜などの二度咲きをいう。うちのベランダにも躑躅が見事に二度咲きしている。
その様な返り花を見て、亡くなった親しい人々を切なく思い出すという佳句である】

冬薔薇咲きて寂しき寡婦の庭
街路樹の枝葉伐られて冬めきぬ
冬の雨部屋の暗さを言ひつのり

セザリオランジェ      井上 人栄

日傘樹の落葉掻く音いや高く

【「日傘樹」の落葉は本当に厚ぼったくて大きい。それに乾いて掻き集める時大きな音がするのであろう。「いや高く」でその音が聞こえるような気がする一句であった】

手作りの耳まで隠す冬帽子
切干の煮えて上々母の味
大根飯美味しと老の夕餉かな

カンポグランデ       秋枝つね子

日照り雨きつねの嫁入りする日かな。

【日照り雨はお日様が照っているのに、キラキラと雨が降るのをいうが、狐の嫁入りがあるという。この人の俳句は何時も若々しく優しく、そしてしみじみ味わえる俳句であって、本当に楽しく読ましていただいている】

冬の雨朝からテレビ九十才
背広型ラシャの服着て冬ぬくし
久子選巻頭句受く冬ぬくし

リべイロンピーレス     中馬 淳一

初霜や収穫寸前全滅す  
牡蠣貰ひ鉄板焼きやその旨さ
ピネイロに栗鼠住み込みて全滅す
何処よりすき焼き匂ふ風に乗り

タウバテ          谷口 菊代八重葎田舎道ありよい香り

短日や家路たどりて皆急ぐ
冬蜂や食べ物見つけ潜り込む
珍しく寒鰤料る夕べかな

ピエダーデ         国井きぬえ

一雨の来てコスモスの立ち上がり
寒空や戸口で眺む星きらら
早朝の我が家のさくら黄ばみゆく
冬の月背伸びしてなほ干しきれず

サンパウロ         須貝美代香

山峡に枝差し伸べて返り花
寒鰤の鍋に話を弾ませて
薄れても結へば品良く木の葉髪
路地染めて裸木染めて寒夕焼

サンパウロ         間部よし乃

師と歩き少し気になる木葉髪
寒波でも笑顔集まる体操会
冬の月夢いっぱいに旅立ちぬ
移住祭太鼓と踊りの輪は伸びて

サンパウロ         篠崎 路子

寒椿私好みに備前焼
掃き寄せてなほ艶やかに寒椿
寒椿大樹となれる屋敷跡
夫逝きて編み残したるマフラーかな

サンパウロ         伊藤 智恵

冬景色生気かぼそき日光よ
冬の蜂蝋で固めし出入り口
寒卵野の草刻み餌に混ぜて
買ひ置きし事前バザーのマフラーかな

サンパウロ         上村 光代

風まかせ藷はそよいで嬉しそう
冬帽子目深かに被り外に出る
冬帽子かぶって母は嬉しそう
先知れぬ落ち葉何処かへ飛んでゆく

サンパウロ         鬼木 順子

霧雨や目に見えねども道濡れて
公園にかすか音して散る紅葉
笹竹のキラキラ光る寒き朝
外灯や冬霧の中煌きて

サンパウロ         彭鄭 美智

太陽に布団を干してぬくぬくと
認知症トマトを食べて健やかに
雨止んで広場のイペー満開に
新米に大喜びの夫婦かな

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