実録小説=勝ち組=かんばら ひろし=(1)

 ブラジルの空は高く、青く澄んでいた。白地に赤も鮮やかに、日の丸の旗がはためいていた。
 ピュ、ヒューン 澄んだ空気を切り裂いて弾丸が飛んだ。
「正吉、勝次、伏せろ。窓から顔を出すじゃねえぞ」。源吉はあらためてウインチェスター連発銃を握りなおした。
「やい腰抜け度も、一歩でも俺の屋敷内に踏み込んでみろ、この鉛弾をドテッ腹にぶち込んでやるからな」
 源吉が大声でどなり終わるまもなくバシッ、バシッと数弾が飛んで来て壁の土モルタルを飛散させた。
「ジャポネース、日本は負けたんだ。お前の国のヒロヒトはマッカサーに捕らえられて、もうじき縄の先にぶら下がるんだぞ。お前も早いとこその日の丸を引っ込めて白旗を上げろ。 おとなしく出頭命令に従えばよし、罪の方も軽くしてやる。だがあくまで政府の命令に従わないというなら、これだ!」
 一層狙いをつけた弾が飛んで来て、バリン、バリバリン、窓のガラスが砕けて飛んだ。
「ふん、そんなことでおじけづく俺様と思っているのか。帝国軍人、杉田源吉には筋金が入っているわい。―― どうだ正吉、勝、こわいか。―― ウン、こわくないな。お前らも立派な日本男児だ。お父っつぁんの腕前をよーく見ておけ」
 杉田源吉は絶対に日本の敗戦を認めようとしなかった。なじみきれない乾いたブラジル社会への反発もあった。しっとりした夢に見る優しい祖国への愛着もあった。長年の心の支えたる『日本』を失う訳にはいかなかったのである。
 ところどころ赤茶けた土がのぞく薄緑の枯れた草原が茫漠と広がる。そんな中にポツンと建った彼の家は、遠くから鉄条網で囲ってあり、更にその内側の屋敷内を太い木柵でかこみ、これにも鬼針金を厳重に巻きつけてあった。
 逮捕に来た警官達は屋敷内の沈黙を見て十分威嚇の効果があったと思ったらしい。 表の木戸を半ば壊すように開いて、それでも拳銃を擬しながら、二人だけが源吉の屋敷内に踏み込んで来た。二歩、三歩、その途端、グッグッン、源吉のウインチェスターが火を噴いた。
「ウワッ」
 まさかと思った反撃に泡を食った二人は声にならない声を出して地にはいつくばった。そして弾は制帽の先をかすめただけで生命に別条はないと気付いたとき、「ヒエー」と今度は声に出して、先を争って木戸の外に転がりでた。
 「ヘッ、ざまあみやがれ、毛唐どもが。 弱いものいじめと空威張りは出来ても、いざとなればこのざまだ。日本人の鉄砲の使い方がわかったろう」
 もう大分遠くをアタフタと逃げていく一団を見すえた源吉は、その方向に向けて、今一回憂さ晴らしを撃った。
      ◎       ◎
「カーン、カーン」
 まだ明けきらぬ農場のもやを破るように鐘がなっていた。緑豊なここでは右も左も早起きの小鳥のさえずりが一杯だった。
 「ウウー」と一つ大きな伸びをしてから源吉は急造の粗末な寝台から起き上がった。 隣の台所では既に起き出した妻のふさが食事の支度をしていた。コーヒーの香ばしいかおりがプーンとにおった。
「今日も良い天気だな。また暑くなるぞ」裏に出て顔を洗う水を汲みながら源吉は言った。