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実録小説=勝ち組=かんばら ひろし=(2)

 昭和の初期、アララクアラ沿線のこのコーヒー農場には数十家族の日本移民がコロノ(農作業者)として入っており、新来の源吉夫婦もその一員だった。
 やがて支度が整うとエンシャーダ{鍬}を肩に、昼の弁当と水がめをぶら下げて、二人は揃って家を出た。朝の光を受けて、急速にもやが薄れ、濃い緑の草に朝露がきらきらと輝いていた。
「この草取りも今日一杯やると土曜までに一区切り終わるかな。今度の日曜くらいはゆっくり休めそうだぞ」
 足元を草の露に濡らしながら、源吉はかたわらを歩くふさに話かけた。
「そうですね。今度の草は雨のせいか随分茂っていて仕事も大変だったけど、うちの割り当ての方はよく捗っている方ですね。少し精出して土曜までに一区切りついたら、日曜日は久し振りに内田さんのところに行ってみたいわ。野菜の出来がとても良いと言ってましたから」
「そうか、たまには生きのいい日本式野菜を食べさせてもらいたいもんだな。毎日外米と芋ばっかりじゃ、何だか身体の水気が無くなるようでな」
 一寸おどけたように言うと源吉はふさの方へ微笑みかけた。
 連日の労働はつらく、コロノの現実は厳しいものだったが、源吉達には将来の希望があった。
「だが、どうせ元々、苦労するのは覚悟の上でここへ来たんだからな。飯がまずいの、野菜が欲しいのとグチを言えた義理じゃないな。それよりも一所懸命働いて、早くこんなコロノ生活から抜け出したいもんだ。 自分の土地を持って一本立ちにさえなりゃ、もっと収入も増やせる。幸いここは安い土地がいくらでも手に入るというし、何よりもおてんとう様の恵みがある。見てみろ、この草の伸びの良いこと、いい土地だぜ。ここはその気にさえなりゃ、やりがいのある土地だ。お前にも難儀をかけるけど、しっかり頼むぞな」
「何を今更改まって、、、、、 あんたの苦労は私の苦労、わたしの楽しみはあんたの楽しみですよ。私はただあんたの言うとおり一生懸命働くだけです。そうすればきっといい日にも巡り会えるし、親兄弟のいる故郷へ帰れる日も遠くない。そう思っているんですよ」
 こっくりとうなづいて頼もしそうに夫の方を見やる若妻の首筋に、柔らかそうな産毛が光って見えた。
「待て、ジャポネース」
 よく茂ったコーヒー樹の間から声と共に四、五人の男たちが現れた時、源吉は「しまった」と思った。「何用か」と聞くまでも無く、男たちの用件は分かっていたからである。
 出来事は暑さにうだるような今日の昼下がりに起こった.すぐ横の区画で草取りをしていた松太郎の日本語と、太いブラジル語の声だかにののしりあうのを聞いたとき、何事かと源吉はすぐその場に駆けつけた。
 そこで痩せて浅黒いブラジル人がまだ一人前に成人していない松太郎を鞭で殴りつけているのを見ると、「やめろ!」と持ち前の義侠心でこれを止めに入った。
 ところが相手はこれを松太郎への加勢と勘違いしたらしい、振り上げた鞭を今度は源吉に向けてきたのだ。はじめの数回はなんとかかわしていたもののバシッとまともに一発を食らうと対抗するしかなかった。軍隊時代に習った柔道の技が無意識に働いた。相手の利き腕をつかむと、ドウッと、一本背負いが見事に決まって、相手は地面に叩き付けれた。これが二、三回繰り返されると相手も叶わぬと知ったらしい。

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