なぜブラジル選手の多くは軍隊式敬礼をするのか

 「もしボクシングがなければ、俺は生きていなかった。サルバドールには死と暴力が溢れている。俺はかつて暴力的だったし、ケンカっぱやかった。ボクシングがなければ、俺の人生はまったく違っていた。たくさんの人は『ボクシングは暴力的だ』というけど、それは違う。ボクシングを知る前、俺は本当に暴力的だった」。ブラジルのボクシング界に初金メダルをもたらしたロブソン・コンセイソン(27)が受賞後に放ったこの言葉は印象的だった▼まるで現代版「あしたのジョー」だ。ケンカばかりの不良少年が少年院から出てボクシングに取り組み始め、燃え尽きるまでを描いた名作マンガだ。違うのは、ロブソンが表彰台で軍隊式敬礼をしたことか▼「あしたのジョー」は涙橋の下のボロボロの貧乏ジムで、食うや食わずの中でアル中のコーチと練習していたが、ロブソンは少し違う。彼は「三等海曹」(海軍の三等軍曹)の階級を持ち月給3200レアル(約10万円)をもらうからだ▼リオ五輪初のメダル(銀)をもたらしたフリッペ・ウーも軍隊式敬礼。体操(銀)のアルツール・ザネッチしかり、柔道(金)のラファエラ・ダ・シルバしかり。6日付アジェンシア・ブラジル電子版記事によれば今大会の柔道選手は全員軍人で、男子7人は陸軍、女子7人は海軍だ▼調べてみると今回獲得したメダル19個のうち、なんと13個は軍人選手によるもの。なぜこんなに軍人が多いのか。この原因を探ると、ミリタリーワールドゲームズ(軍五輪)リオ大会(2011年)にたどりついた▼つまり、今五輪の5年前に「軍リオ五輪」があった。07年の軍五輪インド大会でブラジルのメダルはたった3個(銀2、同1)。国別順位では33位。次のリオ大会は地元開催だから強化しなくてはと08年に始めたのが、メダルが有望視される選手を支援する制度「Programa Atletas de Alto Rendimento (PAAR)」(高返益選手育成制度)だ▼3軍が分担して「三曹」待遇を有望選手に与え、月給の支給および軍スポーツ施設や医療制度の利用を許可する制度だ。この結果、軍五輪リオ大会ではいきなり計114個(金45、銀33、銅36)を獲得して国別1位に輝いた。月々10万円の支援でメダルが取れるなら、確かに「高返益」だ▼ただし米国サイト「ザ・インターセプト」ブラジル版8月18日付では《最初のブラジル人が五輪表彰台に上がった時、(軍隊式)敬礼があった。オリンピック憲章の第50項に反するとして、ほぼ禁じられたその振る舞いは、組織的・資金的な支援をする軍部へのブラジル代表選手団からの感謝だ》と斜めに見る▼ブラジルは約30年前まで軍部独裁だったせいで、一般市民からの印象はいまも悪い。軍五輪後も同制度を続けて「五輪選手のパトロン」として印象を好転させる狙いがあると同記事は見ている▼670選手がその制度によって国防省とスポーツ省からその待遇を保証され、今年だけでその制度に4300万レアルが投資された。「軍人」といっても毎年契約更新(最大8年)の一時採用。実際の軍役はない。最初に45日間の訓練を受け、軍イベントに参加する義務はあるが、あとは練習に専念できる▼リオ五輪は過去最多の465選手が参加したが、うち145人が同制度の軍人。ロンドン大会では259選手中51人だったから3倍増だ。ブラジル全体のメダル目標20個には一つ足りなかったが、実は同制度のメダル目標10個はかるく凌駕していた。本来スポーツ省がすべきことを、軍が肩代わりして大きくメダル数を底上げした。そのおかげでリオ五輪では面目が保たれたと言っていい▼とはいえ、同米国サイトによれば同様の制度を持つドイツは131人、イタリアは125人を今大会に送り込んだが、軍隊的敬礼をしたのはブラジルだけ…。軍の功績は正しく評価されるべきだと思うが、あえてあの敬礼をする必要があったのか。その辺はもっと議論があっていいのでは。(深)