実録小説=勝ち組=かんばら ひろし=(12)

 杉田源吉家には四人の子供が残された。
 父と一緒に家に居た正吉と勝次、それに幼くて知人の家に預けられて居たさと子とよし子である。
 男の子二人は係員による事情聴取は受けたが、未成年なので無罪放免となり、女の子たちもそのまま自由に、となった。
 『私達の国日本』のために、と信条を通した源吉の家族を支えようと、源吉夫婦に親しかった人達は色々と努力をしたが、公的に見れば官憲に抵抗したとされる一家に表立った援助は出来ない。
 それに、当時の周囲のグループには他人を養うに十分な手立ても財力もなかった。女の子二人は『可愛らしい、うちが引き取って家族同様に育てましょう』と申し出る家族があり、その方はすんなりと納まった。
 正吉と勝次は、もうそれなりの身体と知恵もあり『他の人に迷惑は掛けられない。自分のことは自分で始末したい』という本人たちの気持ちも汲んで、近所の町のささやかな商店などで住み込みで走り使いをする『ボーイ』の仕事を見つけた。
 勝次は何でもハイハイと素直に良く働くので、雇い主には可愛がられ、そのうち夜間の学校でも勉強出来る様になった。
 そうして今までの日本人、日本語ばかりの社会からブラジル人の社会でブラジルの言葉で生活し、書物も読むようになると世の中の色々なことが分かるようになった。
 たまに兄の正吉や日系の知人等に会ったりすると、懐かしく話も弾んだ。そして新しい環境の話や仕入れたニュースを交換し合った。
「こうやってブラジル人の社会で生活してみると、今までの我々の日本式の生活と違うところが目につくな」
「コロニアでは先輩や目上の人の言葉が絶対だったが、ブラジル人社会は違う、下の人でもどんどん自分の意見を言うし、日常あまり上下の隔たりと云うのが無い。自由で個人尊重だ、これは楽で良いな」
「しかし、困ることもある。ブラジル人は利己主義と云うか、自分の利害を第一にして他の人の都合とか受け取り方に気を使わない。同じグループにいてもお互いの利害が合わないと競り合うような所があって、厳しい気持ちにさせられる。日本のようにお互いが助けあうという家族的職場は稀だ」そんな意見も出た。
 一方、ブラジルの学校へ行き、ある程度の書物などを読むようになると、更に世の中の色々なことが分かり、大いに視野が広がったように思えた。
「俺はまだ海を見たことがない、田舎者―カイピーラだ。チエテ河など大きな川だと思っていたが、その上がある。『海』は果ても無く広く、大きな船で何日も何十日も航海しても隣の陸地まで着かないんだそうだ」
「それに海の水はきれいに見えるが塩ッぱくて飲めないんだそうだ。自分で確かめてみたい、一度サントスとかへ行って、海を見てみたいよ」
「そうだな、海もそうだが、俺はまず、サンパウロへ行ってみたい。サンパウロへ行くと町の中心街の道路は全て舗装されている、十階以上のビルが沢山あり、乗り物は電車や乗り合いバスが普通だそうだ。大都会、本当は一寸見るだけでなく、そこで働き口を見つけて生活してみたいよ。垢抜けして綺麗な娘さんも沢山いるだろうしな」
―こうして若者らしく未だ見ぬ世界に想像をめぐらし、又そういう広い舞台へ出て活躍する人間になりたいと希望を膨らませるのだった。

(※今回から第2部開始)