実録小説=勝ち組=かんばら ひろし=(19)

 事件はすぐ上司の吉田さんに報告された、関係者だけで内密に対応が協議された。
「二十六日の火入れ式には大統領の他、日本政府のお歴々も出席することになっており、今更部品が盗まれて火入れが出来ない、などで式典の延期は出来ない」
「大幅に遅れた火入れ日程がまた遅れれば、工事責任者の能力だけでなく、日本の計画や技術が悪いから、と言われることになる。延期されれば工事費も又膨れ上がって、プロジェクトの中断、計画の挫折も起こりうる。引いては二国間の政治問題にもなりかねない」
 どう議論しても火入れ式は延ばせなかった。
 そして上層部での会議が開かれ、緊急事態として、内々で、次のようにすることが決められた。
(一)十月二十六日の火入れ式は延期せずに実施する。(最悪、形だけ取り繕うことになっても、予定の式は挙行せねばならない)
(二)本件は関係者だけの厳重な秘密事項とし、同じ製鉄所内の人でも部外者には絶対に漏らさない。(計画に対する敵対者からの中絶の動きに利用されるおそれがある)
(三)一班は盗んだと思われる者を探し、盗品の羽口を探す。その回収に全力を尽くす。(一般の人には使い道のない物だし、無くなってから時間も経っていないから、現物が発見できるかも知れない)
(四)別班は日本での同一品のストックの有無の調査、輸送、緊急輸入にかかる時間、手続きをチェックする。また、品質が落ちても応急措置でブラジルで作れるか、作ったら何日で出来るか調べる。(使えるようなら、間にあうなら、すぐ発注する)
 多くの業者が入り乱れる工事現場の出入りは割りと自由だったし、当初は少なかった盗難事件も、よそ者の流入に伴って相当増加して来ていた。特に銅製品は外の金属に較べて見分けやすく、重量の割りに高く売れたので、目をつけられたのだ。
 三項の現品回収ルート、調査と発見を任されたカツジと三郎はまず、イパチンガ、ブリシアーノ、アセジッタと近くの町のスクラップ屋を探し回ったが、どこにも影もなく、うわさすらもなかった。
「羽口なんて特殊なものだから近くで売ればすぐ足がつく。また、小さな町では需要もなく、高い値で買ってくれる店もない。大都市のベロオリゾンテか、悪ければサンパウロあたりでないか」三郎がそう言うと勝次もうなずいた。
「とにかく、ことは重大だし、急ぐんだ。犯人の出方を待っては居られない。無駄になっても良い、ベロオリゾンテを当たってみよう」
 こうしてその日はもう夕刻になっていたが、一時間でも惜しいと、勝次と三郎はピックアップ車に乗ってイパチンガを出発した。部外秘と云うことになっているので、大勢の人を巻き込む大規模捜査には頼れなかったのである。
「畜生め、こんな大事なプロジェクトの品なのに、よくも盗みやがったもんだ。この為に何十億という損害になると言う事が分からんのか!」
 車の中ではじめは二人で憤慨していたが、やがて自分達の目的の話に移った。
「羽口は重いものだから十二個一遍に持ち出すということはないだろう。何個か盗ってみて誰も気が付かないとみて、又持ち出したんだろう・・・。2~3個なら普通の車のトランクにも入るし、出入り口でのチェックもされないからな」
「町の外に運んで売るにしても3~4個ずつならジープでも乗用車でも運べる。12個が幾つかに分かれていたら、一部でも見つかる可能性は高いな」
 州都ベロオリゾンテまでは山あいを通る曲がりくねった道が200キロメートル以上あった。 照明もない暗い路を、ライトを照らしながら二人は車を走らせた。