道のない道=村上尚子=(38)

 何日過ぎても、雨の降る気配もなく、太陽は照り続けている。エスタッカ(添え木)を山から切ってきて、トマトの木が倒れないよう括りつけた。トマトが元気に育てば、このエスタッカが隠れるほど、緑に覆われる。
 しかし、その細いトマトの木は、エスタッカと並んで立っている。それでも、哀れな葉をつけている。こんなに水不足の中でも生きようとする、植物の強さを知った。さすがに、あと三日も雨が降ってこなければ最後だった。三日目も降らず、更に四日過ぎると、トマトの木は黄色くなり、やがて立ち枯れとなった。
 エスタッカに括られた細いトマトの木は、乾いて干し上げたようになっていて「ぐたっ」と、上辺の首を垂れた。その畑の中を、さ迷う一郎も、痩せて肩を落としていた……
 数日後、一郎が言った。
「この仕事を今止めるなら、持っているトラットールを売って、借金が丁度ゼロになる。どうするか」
 私は嬉しかった。やっと又、町で暮らすことが出来る。とうとう、すってんてんになった。

     町  へ  戻   る

 イビウーナの町へ戻ってきた。大きな道路際の家を見つけた。奥行きの広い平屋である。
 私は「ここで食堂を開けよう」と一郎に言うと許してくれた。
 サーラ(居間)と二つの室は食堂にすることにした。椅子だけは、数脚買ってきた。いまあるメーザ(机)や大きな丸いテーブルは、そのまま利用することにして、食器もとりあえず少々買った。宣伝など考えもしない。人が通り過ぎて行く入口は、小さなドアがひとつあるだけ。狭い入口から奥まで細い廊下になっている。二つの室は仕切られていて、その壁を取り除けば結構、食堂らしいものになる。
 私はその辺の左官やさんを呼んで、見積もらせた。高過ぎる。今、そんな金はない。壁といっても一応セメントを塗ってはあるが、中はレンガだ。天井の所からレンガを一枚一枚剥がして行けば、女の力でも簡単と踏んだ。すぐに梯子に乗って、上から一個一個レンガを剥がし始めた。
「ふん! あの左官はふっかけた値段を言ったけれど、女の私でも出来る」
 と、勝ったような気分で続けていた。三分の一くらい、隣の室との空間が出来た時である。天井がグラーッと、静かにこちらへ傾いてきた。今、手に掴んでいるレンガを、一枚外したら、屋根が総崩れになると感じた。天井の重心が、そのたった一枚にかかってしまったらしい。私は、そっと逃げるように、梯子を下りた。その時、丁度あの左官が、様子を見に入って来たのだ。男は、くたびれた服装に、丸い目で、小さな体をしている。彼は室を覗いたと同時に、仰天した。
「タダでもいいから、オレにさせてくれ! 頼む!」
 普通なら逃げ出すような、この仕事……もちろん私は頼んだ。彼はあの小さな体中で、緊張して、慎重にやり遂げてくれた。一介のブラジル人である。この男の誠意は、言葉に出来ないほど、私に重く伝わった。金額も安くしてくれた。
 けれども傾いた天井は、そのままの姿になった。胸は痛んだが、家主には内緒にせざるを得なかった。今のふところ具合では、侘びのしようがない。きっと後で出来ると思った。