語源を辿ればオモシロイ=日系人の欧米由来の名前=仏教徒でも「マリアさん」=サンパウロ市ヴィラカロン在住 毛利律子

「きらきらネーム」の代表例

「きらきらネーム」の代表例

 名前というのは世代ごとの変化、流行に大きく影響され、今の日本でも女の子の名前に「子」を付けることはほとんどなくなった。国際的に通用するようにという傾向から、響きが良く、短い音節で欧米の名前に似た名前が流行っている。しかし、漢字文化の日本ではローマ字表記をしないので、音(おん)に漢字を当てることになる。すると、性別も判別できないような、「何と読むのですか」と聞かなければならないほど難しい漢字の名前に遭遇する。いわゆる「きらきらネーム」である。次に例を挙げた名前、読者の皆さん読めますか?

▼日本の「きらきらネーム」

①蓮喜、②虹海、③凛明、④地球、⑤蒼海、⑥沙地、⑦咲花、⑧△□一、⑨美々魅、⑩黄熊、⑪美望、⑫泡姫、⑬男、⑭緑輝、⑮野風平蔵重親・・・
正解は、
①れんげ、②コア、③リーメ、④タマ、⑤アクア、⑥シャチ、⑦サクハナ、⑧みよいち、⑨びびび、⑩ぷう(クマのプーさん)、⑪にゃも、⑫アリエル、⑬アダム、⑭サファイア、⑮のかぜへいぞうしげちか(コレはれきっとした名前。姓は含まれない)
 これを見て、ほんとにわが子、わが孫につけるのだろうか、というのが筆者の正直な感想である。この子が人生の通過儀礼の過程で、自分の名前とどのように付き合うのか、親はそれを想像して名付けているのか、といったことが老婆心ながら心配になる。
 生まれてくる赤ちゃんは自分で名前を付けることができない。親はかわいいわが子には、印象深く、どこにもない名前をあらゆる発想をもって苦心惨憺して選りすぐり命名する。
 その親心は分からないでもないが、本名としての「ぷうちゃん、タマチャン、のかぜへいぞうしげちかクン…」と、赤ちゃんの顔を覗き込んで、真顔で呼びかけるのだろうか。
 日本語文化の特徴の一つに「言葉遊び」があり、それには卓越した知恵や工夫が織り込まれ、世界に誇る言語文化を創り出してきた。だが、これらの名前にそのような奥ゆかしさは感じられないし、親が我が子の一生の幸せを願って付ける名前とは到底思えない。
 もっとも、誰もがこのような名前を付けるわけではないと思うが、全般的にきらきらネームに似た名前と出会うことが多くなったのは事実である。
 このような命名の仕方には賛否両論沸騰していて、そういう名前を付けられた子供の切実な悩み相談などがネット上を賑わしているし、反動として、「愛子、紀子、佳子、」といった皇室のお名前に憧れ、あやかりたいという若年世代が増えつつあり、「○○子」への回帰現象に伴い改名の願い出も多数寄せられているそうである。
 日本の名前についての現状はともかく、アジア系移民だけでなく、世界中から新天地を求めて移民した人々は、自国の名前では新しい世界に溶け込みにくい、発音しにくい、名前の響きがその国の文化にそぐわず誤解される、といったさまざまな理由から新たな名前を名乗る。
 確かに、中国、タイ国やベトナム、といったアジア諸国の名前は発音や綴りがとても長い。そこで、欧米由来の名前で、短い音節、響きの良い名前が多く採用されるのは不思議ではないし、ブラジル日系社会も同様であろう。
 ブラジルの場合は歴史的にキリスト教国家であるから、ユダヤ教やキリスト教聖人の名前が多く使われているようだ。それだけでなく、古代ギリシャ、文化、ユダヤ教、キリスト教に登場する天使や使徒、聖人、各民族の神話伝説の名前から派生し重複融合して、世界に広がっていったので、元を辿れば同じ名前というところに落ち着くのである。
 ブラジル日系社会では、一世でも日本の名前以外にヨーロッパ由来の名前を名乗っている方がたくさんいるが、日本の昨今のような奇天烈な命名の風潮と比較すると、よほどこちらのほうが好ましい。
 しかし、悠久の歴史偉人の由来を尋ねるのは、簡単ではない。「一言で、縮めて言えば」と説明できないほど膨大である。ほんの触りだけ知るだけでも十分満足することができると思う。
 ここでは、日常的に日系社会で頻繁に耳にする名前をいくつか例に挙げて、その由来を尋ね、分かり易く紐解いてみたいと思う。
 一般に「氏名」は氏(ウジ・上の名前)+名(ナ・下の名前)のことで「氏名、姓名」、「苗字と名前」などと区別している。
 「苗字」は西欧でも、日本でも、歴史的に地位・出身地や職業などを表し、日本の場合は先に「姓」、続いて「名」を名乗り、ヨーロッパの場合は生まれた時についた名前に、ミドルネーム(洗礼名の場合もある)、そして苗字という並びになる。
 まず、「名、ファーストネーム」であるが、日系人はブラジル名を先に置く。

▼キリスト教聖人由来の男性

 サンパウロ市の名前の由来となった「聖パウロ」は、実はユダヤ教のラビ(聖職者)であった。後に改宗してキリスト教の聖人の一人となった。
 キリスト教聖人の名前が最も多く使われているのは、男性の場合(カッコの中は、英語読み)。
ジョアン(ジョン)
パウロ(ポール)
サムエウ(サミュエル)
ペドロ(ピーター)
ミゲウ(ミカエル)
マルコ(マイケル)
フランシスコ(フランシス)
マウリシオ(モーリス)
ルーカス(ルーカス)、殉教聖人のセバスティアヌス(セバスチャン)などがある。

▼永遠の女性マリア

 女性の場合はたくさんのマリアさんがいる。仏教徒であっても「マリアさん」はたくさんいる。
 マリア崇拝は、12世紀のヨーロッパで頂点に達した。白百合を象徴し、慈愛に満ちた「神」の母、ラ・ダム(貴婦人)、マドンナと称されて熱烈に崇拝されるようになった。

マリア・テレジア神聖ローマ皇后(Martin van Meytens [Public domain], via Wikimedia Commons)

マリア・テレジア神聖ローマ皇后(Martin van Meytens [Public domain], via Wikimedia Commons)

 18世紀のオーストリア・ハプスブルク家の代表格はマリア・テレーザ女帝で、彼女は敬虔なクリスチャンであった。彼女は16人の子供を産んだが、そのうち4人の皇子と6人の皇女が成長し、6人の皇女の名前にはすべてマリアが付いている。その中でも特に有名な王女は、フランス革命で斬首の刑となったマリー・アントワネットである。
 また、スペインでは他国には見られないほどのマリア崇拝が残り、女子の洗礼名としては第一名に、男子でも第二名に使われている。
 マリア・テレーザのテレサはスペイン語の「収穫」を意味している。現代の聖人としては、インドで活躍した「マリア・テレサ」が有名である。ブラジルでのテレジーニャは最も親しまれている名前の一つであろう。
 なお、マリアやエリザベスに懐妊を告げた天使ガブリエルは、女の子の場合はガブリエラと呼ばれている。

▼イザベラはエリザベス

エリザベス一世( [Public domain], via Wikimedia Commons)

エリザベス一世( [Public domain], via Wikimedia Commons)

 旧約聖書に登場するエリザベト(エリザベス)はスペイン語でイザベラ、フランス語でイザベルという名で、マリアと共に最も祝福された名前である。ブラジルではイザベラ、エリザベッチともに女の子の名で知られる。エリザベスのエリは「神」を意味する言葉で、エリに続く「サベス」はセブン・7を意味し、(7)は最も神聖な数字と言われヘブライ語の「エルは誓いなり」が語源と伝えられている。
 因みに、レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」は英語的には「マダム・リザ」で、イタリア・フィレンチェの大富豪フランチェスコ・デル・ジョコンド夫人エリザベッタを描いたと言われている。
 ブラジルでは「私たちの聖母マリアを「ノッサ・セニョーラ」と敬うが、フランスのノートル・ダム寺院の「ノートル・ダム(我々の慈母)」も永遠の聖母として同義の敬称である。
 
▼馬鹿正直なジョン

 世界的で伝統的に最も人気のある西欧由来の名前が「ジョン」である。
 英語の発音では、短くジョンといえば男性、ジョーァンと長く欠伸のようにアの音を入れると女性の名になる。
 ジョンとは洗礼者ヨハネのことで、イエスの又従兄弟にあたり、マリアと共にイエスに最も近い存在であった。非常によく使われる名前になって広がったので、フランス語ではジャン、イタリア語ではジョバンニ、スペイン語でファン、ドイツ語でヨハン、イヤン、ハンス、スコットランド語ではショーン、アイルランド語はシャーン、ハンガリー語でヤーノシュ、ロシア語でイワンとなる。
 トルストイの短編小説に「イワンのバカ」というのがある。「馬鹿正直なジョン」という題名である。主人公イワンは信心深く、自然や隣人を愛し、正直にして堅実な百姓だった。イワンを散々馬鹿にして、家を出て、町でずる賢い金儲けや、出世をもくろみ、結局は失敗して戻ってきた兄たちを、温かく迎えるのがお人よしのイワンの姿である。
 因みに西欧では、身元不明人や、何らかの理由で仮に名前を付ける場合には、男性は「ジョン・ドウ」、女性は「ジェーン・ドウ」と呼ぶほど、親しまれている名前である。
 ジョンの女性名はジョアンナ、ジャネット、フランスのジャンヌ・ダルクのジャンヌ(英語でジョーン)などに派生している。

▼ギリシャ・ローマ・ゲルマン系の神話・英雄伝説の名前「アレクサンダー大王」

 史上最大の英雄の名前としては、マケドニア王アレクサンドロス大王が連想される。
 ポルトガル語発音ではアレシャンドレ、アレシャンドラと男女の名前として使われている。
 この大王はヨーロッパとアジアを初めて結びつけ、それによって「シルクロード」が開通したのである。
 33歳の若さで亡くなるが、彼の死後、小アジア、シリア、エジプトなどでギリシャ文化(ヘレニズム文化)が隆盛し、彼にあやかる名前は、ヨーロッパ全土に、人名として最も高い人気をもって広がっている。

▼フィリッポス2世

 アレクサンダー大王の父親であるフィリッポス2世はマケドニアの有能な君主であった。フィリポという名は、キリストの12使徒の一人でもあり、その上、フィリッポス2世とアレクサンダー大王の人気に影響され、フランスではこの名を持つ名君が数多く輩出され、広く一般にも使われるようになった。
 その影響は隣国スペインにも広がり、フェリペと発音された。スペインではフェリペ2世の時代に最盛期を築いた時から、スペインの栄光を想起する伝統的な名前として、現代でもたいへん親しまれている。

▼ギリシャ古典の運命の美女ヘレン

 ギリシャ起源の女性の名前で最も親しまれているのが、ヘレンであろう。
 中国の楊貴妃と並んで、傾国の美女として、その美しさは英雄も国にも破滅をもたらすほどであった、と伝えられている。ラテン語ではヘレナ(太陽)の意味があり、彼女の伝説は多くの古典劇や詩、文学に登場する。
 以上のように、ほんの一握りの名前の由来を紹介したが、ローマ皇帝のジュリアス・シーザー、イギリス。アングロサクソンのアーサー王の名前など、スコットランド王の一人、ドナルドなど、興味は尽きない。
 最後になるが、アメリカ合衆国現大統領のドナルド・トランプ氏のトランプについて一言。
 本名は、ドナルド・ジョン・トランプである。この本名を分解すると、名前がドナルド、次に洗礼名のジョン、そして苗字のトランプとなる。
 苗字のトランプはトランプゲームのトランプではない。英語ではそれをカードゲームと言い、いわゆる「トランプ」は和製英語である。
 就任以来、トランプさんの話題でネットでも様々な話題が溢れているので、名前についてもすでにご存じの読者も多いと思う。
 この人はドイツ移民なので、名前の綴りから「勝利、征服」を意味しており、日本人がカードゲームに使う「トランプ」は「切り札」という意味。明治時代の人が、外国人がこの遊びをしているときに、「トランプ(切り札)」というのを聞いて、ゲームそのものをトランプと勘違いし、以来、日本ではそのように広まっていった、と語源由来辞典で紹介している。

▼「~の息子」や「~の一族」

 ヨーロッパの苗字は「サーネーム(身分が高いという意味のサー、上位の)」という意味で表記していたが、この頃は「ファミリーネーム・ラスト・ネーム」が一般的である。
 その苗字から相手がどの国の出身であるかを推測し、お付き合いの仕方に気を付けなければならない。また、苗字でこの子は誰々さん、何々一族の息子であるということが一目瞭然というのもある。
 例えば、ファースト・フードのハンバーガーといえば「マクドナルド」。これは出身がアイルランドの苗字で、マックとドナルドで、マックは本来「~の息子」を意味したが、つまり「ドナルドの一族」ということになる。ブラジルでは「~フィーリョ」とか「~ジュニオール」などに似ている。
 マッ・カーサー、マッ・カトニー、マク・レーガン、マック・ビー等々がある。

アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディ(By Cecil Stoughton, White House [Public domain], via Wikimedia Commons)

アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディ(By Cecil Stoughton, White House [Public domain], via Wikimedia Commons)

 同様に、オ・ブライエンは、オが息子で「ブライアンの息子、または一族」、オ・ニール。また、アメリカのケネディー大統領の苗字「フィッツ・ジェラルド」は「ジェラルド家の息子・一族」で、アイルランド人である。
 また「ジョン・ソン」、「ウィリアム・ズ」、スカンジナビア系では、「アンデル・セン、ハン・セン」など、ドイツでは「メンデル・スゾーン」など、スペイン系では「ゴンザレ・ス」なども「○○一族」ということになる。
 ロシアの場合は、ミハエル・ゴルバチョフのように、名前が「ミハエル・セルゲヴィッチ・ゴルバチョフ(ゴルバチョフ家のセルゲイの子ミハエル)」となり、いずれも父方を名乗っている。
 ドイツ語で、姓の前にフォン、オランダ語でヴァン、フランス語でド・ゴール大統領のドなどは、貴族は高貴な出身、広大な土地所有者を意味している。
 移民大国ブラジルだけに、皆さんの身の回りにも「元貴族」のような名前の人がいっぱいいるかも。
(注=参考文献としては、オックスフォード英語大辞典がおすすめである。かなりの大型版であるが、図書館などには所蔵されている。単語のみならず歴史的背景が詳しく解説されている)