サンパウロ州を「ブラジルの機関車」にした鉄道=(上)=帝政の終わりとサッカー王国の誕生

トレンディ・ツーリズモのパラナピアカーバ観光ツアー参加者の皆さん。奥に見えるのが名物の時計塔

トレンディ・ツーリズモのパラナピアカーバ観光ツアー参加者の皆さん。奥に見えるのが名物の時計塔

 トレンディ・ツーリズモ主催の「鉄道の町パラナピアカーバ(Paranapiacaba)観光ツアー」に参加し、現地ガイドと歴史話をしていて思わず興奮した。サンパウロ州最初の鉄道であるサントス/ジュンジャイ線(S/J線)が開通したのは1867年2月26日だから、今年は記念すべき150周年だと気付いたからだ。日本人なら絶対に記念行事をやりそうだが、今のところ特にないよう。何かもったいない話だ▼当時、日本はまだ幕末。奇しくも同じ1867年1月21日から2月1日まで、オランダ留学から帰国する榎本武揚ら9人が幕府特注の開陽丸に乗ってリオに寄港していた。その25日後に開通した。翌1868年9月に明治政府が発足する。ちなみに日本最初の鉄道は1872年の新橋/横浜間だから、S/J線の方が5年も早い▼この鉄道が通る以前のサンパウロ州は、海岸山脈から奥地に広がる原始林の所どころにポツン、ポツンと小さな町があるだけのド田舎だった。鉄道以前は、人の脚かロバしか上がれないサントス旧街道(caminho do mar)しかなかった。運べる量などたかが知れている。物流が確保されてこそ生産が活発化する▼1860年頃まで海岸山脈という壁は、サンパウロ州の発展を妨げる最大の要因だった。この鉄道のおかげで州はコーヒー産地として発展し、その農場で人手が大量に必要になったから日本移民が導入された▼リオ州で始まったコーヒー景気は徐々に南下し、カンピーナスを中心にモジアナ線方面に広がるテーラ・ロッシャ(赤土の沃土)へ移り始めていた時期だ。それに目をつけた当時一番の事業家バロン・デ・マウアーがサンパウロ・レールウェイ社を設立して建設した▼ガイドのゼリア・マリア・パラレゴさん(66)がこの町に引っ越してきた1961年3月、「最初の5カ月間は毎日、霧ばかりで周りの景色なんか見えなかった。しかもコーク(英国製石炭)をボンボン焚くから黒い霧だったのよ」と思い出す。盆地のような地形で、英国から輸入したコーク(炭)を焚く蒸気機関が、最盛期には5基も朝から晩まで黒煙を吐き続けたからムリもない▼思えば、ナポレオンが侵攻する直前の1808年、ポルトガル王室と宮廷貴族は14隻の船で、なんと国を捨てて逃げ出した。その時に英国軍艦が護衛して恩を売り、植民地ブラジルに逃した。王という「国の魂」を戴いた植民地は「帝国」となり、1822年に独立した。以来、ブラジル王室は英国の言いなりの部分があった。世界最初の産業革命を終えて蒸気機関の最新技術を持った英国は、南米あちこちに鉄道を敷設して英国製コークを専売契約して売りつけた▼同時に、その英国人鉄道技師がサッカーを伝えたから、ウルグアイ、アルゼンチン、ブラジルもみな同じ様な経緯で、同じ頃にサッカーを始めた。ゼリアさんはそれを裏付けるように「ブラジルで最初の公式サイズのサッカー場が作られたのはこの町よ」という。町の高台にあるサッカー場の説明版を見ると《セラーノ・アトレチック・クラブは1903年にパウリスタサッカー連盟に加盟した》とある。サッカー場が出来たのは、それ以前だろう。なら、まさにサッカー黎明期だ▼思えば「ブラジルサッカーの父」チャールズ・ミラーの父親は、サンパウロ・レールウェイ社のお抱え英国人鉄道技師だった。このS/J線を敷設・運営した会社だ。ミラー本人はブラジル生まれの二世だが、父が英国に留学させ、1894年にサッカーボールを持って帰って来た。翌95年4月14日に最初の試合がサンパウロ市で行われた。これもサンパウロ・ガス会社とサンパウロ・レールウェイ社の社員ら有志によるもの。その直前の1889年に帝政は廃止されていたが、その頃から「サッカー王国」は始まったワケだ▼ミラーの父もここの登山鉄道建設に従事し、息抜きにこの町のサッカー場でプレーしたに違いない。今はすっかり草ぼうぼう、観客席も一部が崩れ落ちており、久しく使われていない様子。まさに「兵どもが夢の跡」の風情が漂う。(深、つづく)

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