9年目迎えた『カエル・プロジェクト』=帰伯デカセギ子弟を支えて=(上)=「日伯両側から問題解決を」

事務所にて中川さん(中央)とプロジェクトスタッフ

事務所にて中川さん(中央)とプロジェクトスタッフ

 2008年に始まった『カエル・プロジェクト』は今年で9年目を迎えた。サンパウロ州教育局と「ブラジル三井物産基金」の支援を受け、日本から帰国したブラジル人デカセギ子弟の社会適応を助けることを目的に、カウンセリングやポルトガル語の授業などを行なう。代表の中川郷子さん(60、東京都)に教育問題の現状や活動の経緯を取材した。

 「日本で育った子供が、帰国後すぐにブラジルの学校に適応するのはとても難しい。コミュニケーションがとれず、家に引きこもることも」――。そう実情を語るのは『カエル・プロジェクト』代表の中川さん。20年以上に渡ってデカセギ子弟の教育問題に取り組んでいる。
 同プロジェクトは、日本から帰伯した子供たちを当地の学校になじませることを目的とする。現在は中川さんを含む5人のスタッフが29の小中学校を訪問し、在籍するデカセギ子弟72人を対象に週1回カウンセリングを行なっている。
 中川さんは「日本で長く育った子の場合、自分は日本人だという意識がある。帰国後も日本語で話し続けることが多い」という。そんな子供のためにサンパウロ市ジャルジンス地区の事務所でポ語教室を開催している。
 一方、ブラジルである程度育ってから日本に行き、日本で数年過ごしてから帰ってきた子供たちもいる。「彼らはせっかく日本語の勉強をしたのに、またブラジルの学校で学び直さなければいけない。『他の生徒と差がついてしまった。いまさら学校で勉強しても無駄』。そういう思いを持っている」という。
 不況で再び増え始めた訪日就労者の中には、子供を連れてデカセギに行くのは2回目という親も。親の都合のために子供の教育がないがしろにされる状況が続く。
 中川さんがデカセギ子弟への支援を始めたのは96年。デカセギに行った親に取り残された子供たちが、彼女の臨床心理クリニックに通うようになったのがきっかけ。
 「親戚に預けられたり、兄弟と離れ離れになったりして自分の居場所をなくしていた。クリニックに来るのは一部で、実際にはもっと多くの子が同じような状況ではないかと思った」。そこで実際に学校に行って確認すると、当たっていた。学校でも問題視されていたが対応は十分でなく、自ら支援する必要があると感じた。
 03年、博士論文のテーマであるデカセギ子弟の教育問題を調査するために訪日し、3カ月で135人のブラジル人青少年に話しを聞いた。授業についていけないとか、いじめにあって不登校になったとか、様々な問題を抱える子供たちを目にした。
 「デカセギを発端とする教育問題はブラジルにも日本にも存在する。全体として見なくてはいけない」。両側から取り組まなければとの思いで、09年から三井物産本社から支援を受けて日本の日系ブラジル人コミュニティーを中心に、保護者を対象としたワークショップを行なっている。「親には教育が子供の将来に大きな影響を与えることを少しでも理解して欲しい」。ある団地では、家庭におもちゃや本が何も無いのを見て、誰でも自由に本を手に取れる本棚を設置した。
 今年は既に2月と5月に訪日しており、10月にも約15カ所のコミュニティーを回る予定だ。(つづく、山縣陸人記者)