どこから来たの=大門千夏=(12)

 すごいケチなんだ! もう絶対頼まないぞ。でも笑顔だけは作って挨拶し、家に帰った。
 一時間くらいして台所で夕食の支度をしていると、おや雨だろうか、外からさわさわと音がしてきた。…その内、ざわざわの音に変った。窓から首を出してみると塀の向こうで男が前かがみになって何かを引っ張って歩いているようだ。何をしているんだろう?
 しばらくすると音が止まった。
 我が家の呼び鈴が鳴った。
 玄関に隣の使用人が立っている。
「あれ、どうしたの?」
「おばあちゃんが、これ渡してくれって」
「えっ、これを私に? まさか!」
 月桂樹の枝だ。幹の太さは一〇㎝位。枝の長さは五、六m もあるだろう。葉は何百枚、否、千枚以上付いている。
 あれからおばあちゃんは使用人にのこぎりで枝を切らせて、彼はそれを引きずって、舗道をまるで箒で掃除をするようにして引っ張ってきてくれたのだ。きっと幸運も一緒に違いない。
「まあ、おばあちゃん!」  (二〇一四年)

街路樹の命

 サンパウロの街は標高八〇〇mにあり、年中気持ちの良い温度と湿度を持って、世界でも数少ない気候の良い街である。
 日本から遊びに来た母はここの気候をカンズメにして持って帰りたいと言ったくらい、からりとして汗をかくこともない。その上、暖房も冷房もほとんど要らない。
 住んでいるアパートは四つ角にあるので、此の五階のテラスに立つとセビピルーナと言う街路樹が縦横に見える。マメ科で親指くらいの丸い葉が茂っている。
 一〇年前、ここに引っ越ししてきた時は、眼下に緑が見えたのに、今では目線より高くなってきた。高さは二〇mくらいあるだろう。東向きのガラス窓は一面緑に覆われてしまった。
 幹の表面は松のようだが、もっと黒っぽい色をしている。幹の下の方は二人で手をつなぐほどの太さがある。いじけず、のびのび、すくすくと空に向かっている姿が私は好きだ。
 毎朝この木をじっと見つめ、話かける。枝は上下に揺れて、まるで「そうですよ、その通りですよ」と言っているようだ。時には「ダメダメ、ちがいます間違っていますよ」といって左右に激しく枝が揺れる。私の言葉が通じていると信じたくなる。
 五月中旬、何度か「どーん」という音が聞こえ、地響きがした。
 何事ならんと出てみると、隣のアパートとの境にあったセビピルーナの大木が切り倒され、いくつかに切断されている。横倒しになった幹の切り口にべっとりと赤く血が付いている。だれか樹を切る時に怪我をしたみたいだ。きっと病院に担ぎ込まれたに違いない。胸がドキドキしてきた。
 大型トラックが二台止まっている。運転手、助手、傍に一〇人以上の市役所の人夫がいる。皆が一mくらいずつに切り分けられた太い幹から枝を落としている。
 枝をトラックに積み上げようとしているが、これが大変な仕事で、束ねてくくって、それをクレーンで持ちあげるが、ゆらゆらとしてなかなかトラックに納まらない。そのたびに大勢の人夫が引っ張ったり押したりしている。
 転がっている太い幹は四人の人夫が声を掛け合って、持ち上げて、クレーンの傍まで運んでいる。