ラ米で地歩を固める中国=「呪いの壁」で助けるトランプ=パラグァイ在住 坂本邦雄

ラ米諸国と米国を隔絶する「呪いの壁」。左側がサンディエゴの国境警備隊事務所、右側がメキシコティフアナの間の国境フェンス(By Sgt. 1st Class Gordon Hyde [Public domain], via Wikimedia Commons)

ラ米諸国と米国を隔絶する「呪いの壁」。左側がサンディエゴの国境警備隊事務所、右側がメキシコティフアナの間の国境フェンス(By Sgt. 1st Class Gordon Hyde [Public domain], via Wikimedia Commons)

 2017年の重大なニュースの中で、比較的世論の関心を惹かなかった重要な問題は、トランプ大統領のラ米諸国との冷ややかな政策や無関心な対応によるスキに乗じて、中国が同地域における政治・経済的影響力を抜け目なく、着々と伸ばして来ている事実である。
 トランプ大統領のメキシコに対する痛論、不法入国者、反自由貿易主義、世界の195カ国が加盟するパリ議定書による地球温暖化対策協定からの脱退など、数々の暴慢は、中国のラテンアメリカへの進出や躍進に益する絶好な『金のチャンス』のお膳立てをしているのである。
 同じく、アメリカ及びアジア並びにラ米諸国11カ国が、中国の世界における影響力膨張の阻止を図る、一つの対策として締結されたTPP・環太平洋経済連携協定からの撤退をトランプが宣言した事で、中国に更なる覇権培養の余地を与えた。
 中国のラテンアメリカでの存在強化は、既にトランプ政権以前から有った話で、必ずしも今に始まった現象でもない。
 合衆国のラ米地域からの輸入は、IDB・米州開発銀行の資料に依れば、2000年度の輸入総金額の50%だったのにに比べて、2016年度にはこれが13%にも減退した。
 一方、同期間にラ米諸国の中国からの輸入は3%より18%に増進した。
 ラ米諸国は、通常アメリカから買っていたコンピューターや自動車の代わりに、今では日増しにメイドインチャイナの製品を使用している。
 IDB・米州開発銀行によれば、もしアメリカが、2000年度相当のラ米地域市場のシェアーを今挽回すれば、100万人の追加雇用創出が可能だと言う。
 ところが、中国の習近平主席が今年(2017年)で3年前から、通算3回もラテンアメリカを精力的に訪問しているのに対し、トランプ大統領は就任以来、未だ一度もラ米に足を運んでいない無関心さである。
 なお、さらに悪いのは、アメリカの南部国境線に「呪いの壁」の建設を強行する考えの外に、カナダ及びメキシコそれぞれとの自由貿易協定の撤回もやぶさかでない、と脅迫するのである。
 また、就任後約1年も経った現在において、トランプは未だに国務省西半球局次官補も任命していなく、対外協力援助予算を大幅に削減した。
 これまでにトランプ大統領は、地域との貿易、移民、自然環境保全、対外協力の政策全てにネガティブな姿勢で、何ら建設的な方策の推進も提案していなく、西半球各国との交流・関係の改善は未知数である。
 そして、トランプのラテンアメリカを侮辱する頻繁な暴言、例えば、大多数が正規の手続きによらぬラ米の不法移民を「犯罪者」「強姦者」「悪人」等と形容して憚らない言動は、強い反撥を受け、過去最も不評判なアメリカ大統領となった。
 最近の「ラテンバロメーター」社によるアンケートでは、10点満点の評価スケールを基準にした、トランプの人気はラ米諸国で、わずか2・7点に止まり、この種アンケートを始めた2005年以来最低の評点である。
 かたや、中国はトランプの孤立を最大限に利用する事を忘れない。
 IDBのルイス・アルベルト・モレノ総裁は、同銀の主催で17年12月の初めに、ウルグァイのプンタ・デル・エステ市で開催されたラ米諸国と中国のビジネスミーティングに、28時間もの飛行機の長旅に拘わらず、780名の中国企業家大軍団が馳せ参じたのに圧倒され、強い印象を受けたと語った。
 そして、「ラ米諸国及び中国の事業家同士の両地域間の更なる貿易振興・促進に対するお互いの強い関心が窺えた」と、モレノ総裁は述懐した。
 アメリカ合衆国は、喪失したラ米諸国とのかつての活発な貿易関係の回復に、積極的な戦略をもって臨み、努力すべきである、と言う。
 同感である。トランプ大統領は、これまでにアメリカが失った地歩挽回の第一歩として、来年2018年4月に予定される、ペルー国リマ市の汎米34カ国首脳会議には出席し、西半球諸国間の関係改善の為に、新規の通商、外交、文化交流の現実的ポシティブな正議題アジェンダの提案から始めるべきである。
 これらのテーマについて質問された「白亜館」のある高官は、「トランプ大統領はラ米諸国との関係の絆を強化・改善したい意思は充分持っている。ただし今のところ、未だ2018年度の外遊スケジュールは公表していない」と、答えた。
 他のトランプ政権に近いニュースソースによれば、トランプ大統領は先述のリマ市汎米首脳会儀に出席する予定はない由で、そうすれば過去約25年来、アメリカの大統領がこの種の重要な国際会議に参加しない初めてのケースになる。
 これで、大いに蔭で「ほくそ笑んで悦ぶ」のは中国である。(註・マイアミ在アンドレス・オッペンハイマー記者のABC紙寄稿の解説記事を引用抄訳したものです)