どこから来たの=大門千夏=(41)

 バスの振動が心地よい。星が無数に光っている。こんな大きな空をサンパウロの町では見ることがない。明日は私の誕生日、旅先での誕生日、心に残る思い出の日が待っている。いつの間にか私もぐっすりと寝込んでしまった。
 周りがやかましくなった。明るくなった。終点オーロプレット。バスは止まった。同時に降りる気の早い人もいる。
 隣を見ると、桃子がいない。アレ。どこに行った。乗客は次々降りて行く。
 荷物もハンドバックも座席においてある。桃子はいない。いない。後ろのトイレに走って行ったり、椅子の下をのぞいたり。やっぱりいない。どうしよう。気が転倒し何がどうなったのかさっぱりわからない。心臓がどくどくと音をたて、こめかみが痛くなる。
 「ああ、あの小さな日本人か、前の町で降りたよ」と運転手は落ち着いて言った。寝ぼけて降りたのか、トイレに行って乗るバスを間違ったのか、ともかく忽然と消えてしまった。
 朝七時とはいえ、ミナスの朝はもうさんさんと肌をさすように陽光が強い。あれこれ考えたが 私がじっと待っているのが最良の方法だと判断した。桃子の大きな荷物二個を右手に、二つのハンドバックを首からぶら下げ、私の荷物を左手に、前のめりになって、ヨロヨロと歩いてバス会社にたどりついた。
 事情を話すと「ああ其のうち来るよ。ここで待っていたら良い」と落ち着いて言うところを見ると、こんな事はしょっちゅうあるみたいだ。三個の荷物を足下に置き、二つのハンドバックを両手でしっかり抱くようにして、大きなガランドウの車庫の隅に一人ポツンと座って、ひたすら桃子を待った。寝不足と心配と疲れで頭がぼんやりする。お金を持っていない桃子は今頃どうしているのだろう。
 ともかく桃子の家に電話を入れた。娘が出て、「あらーママいなくなったのー、あらー」とのんびり言うばかりで一向に驚かない。度々やっているのかもしれない。
 二時間くらいすると、「アアあんただね、アハハハ。あんたの友達から電話があった。午後三時ごろオーロプレットに着くから待っていてくれ、と言っていた。バスから落ちこぼれたんだって。ハハハッ」事務所の男は太った腹をユサユサさせて笑いながら言った。
 かばんの中からビスケットを取り出してモソモソと食べ、ぼんやりと外を眺める、次々とバスがつき、観光客が笑い声と共に散ってゆく。
 落胆し、うなだれて、半べその桃子の姿を想像すると空の色も周りの景色も、ただただ灰色。心がふさぐ。
 三時過ぎ、バスから桃子がおりてきた。「あはははごめんごめん」屈託なく笑っている。トイレ休憩だと思ってバスを降りてトイレに行って、帰ってきたらもうバスはいなかったの、お金はポケットに入れていたから心配なかったのよ。ブラジル人てみんな親切でねえ、寄ってたかって心配してくれたの。楽しかったわよ。と、嬉しそうに言うばかりで、私が心配したことは爪のアカほども気にしていない。
 それからやっと二人で町なかのホテルに入った。ちょっと休憩しようよとベットに横になるやいなや、二人とも即座に眠り込んでしまった。
 目が覚めたのは真夜中。大きく開け放したままの窓から星が溢れるように輝いている。流れ星が次々と線を描き、消えて行く。
 桃子は、持参の安眠枕を使ってぐっすり眠っている。