どこから来たの=大門千夏=(76)

 しかし、信じてはいけない。
 私達が寄った食堂のお姉さんは――イヤイヤお嬢さんは一五?一六歳にしか見えなかった。テキパキと働き、店の台所を一人で切り盛りしていた(台所はお客から見えるところにある)。見ているだけでも百点をあげたいくらい良く働く。その上かわいく、あどけなく、色白で天使のような顔をしていた。
 彼女の作ったラーメンを食べながら、私達はじろじろと彼女を盗み見して「味付けは上手だねー何をダシにしているのかしら、盛り方も美的ねエ」と褒めあげてうっとりしていた。こんな子は日本でもちょっといない。働き者だし、動作は速いし、愛嬌もいいし、「家の息子の嫁さんにしてもいい」と友人が言った。
「そうだわ、この子は賢そうだから、すぐに日本語も覚えてくれるにちがいない」と二人でほめそやし、「服も簡素で清潔で人柄がわかるわよねエ」そう言いながら私たちは丼のお汁を最後の一滴までジュジュジュと音を立ててみんな飲んだ。本当においしい。やっぱりこの国に来てよかった。
 サテお勘定。大きい札一枚を渡したら、あーれ、おつりが足らない。品よく丁寧に「足りませんのよ」と言ったら、知らぬ存ぜぬ相手にしてくれない。何を言ってもお釣りは間違っていないと言いはる。我々が外国人だとわかったから「盗ってやれ」と言うのかもしれない。へェあんなかわいい顔をして?天使がそんなことをするの? おどろいたなー信じられない。
「さすが中国人ですっ」と、友人の声。
 バスに乗ると、これまた皆から一人一元づつ受取っているのに、我々からは二人で五元だと請求する。悔しいけど言葉が出来ないから言い返す事も出来ない。ひどいなあ。乗っている乗客はこの様子を見ていても黙っている。我々が外国人だと判ると味方になってはもらえない。けっして正義のために戦ってはくれない。
「ここの人間てそんなもんです!」と、友人が声高に叫ぶ。
 中国人の値段と外国人の値段は違うのだ。でも皆ニコニコと優しそう、だます顔をしていないから、ついついだまされる。
 そのうち我々もかしこくなって、人が買っているところを側に立ってじっと見て、いくら払っているかお札の種類を盗み見して、同じものを同じ量だけ買い、同じ金額だけ払う。その代わり誰かが買うまでじっと待っていなくてはならない。これもしんどい。
 薬草を買った。クコの実五〇g 、温和な顔をしたおじさんは一二元取った。隣の店では六元だと言うことが後でわかった。同じメーカー、同じ袋、同じ重さだった。乾燥バラの蕾は隣の三倍取られたことがわかった。レストランも、パン屋も、果物屋も、水を買ってもどこに行ってもボラレル。
 「あれが中国商法ですっ」と友人が一喝する。
 市営のバスターミナルで郊外に行く二日先のバス切符を買った。どうもここの物価に比べて高いように思われ、ホテルのおじさんに話したら三倍とられていた事がわかった。翌日窓口に行って文句を言ったら言葉が通じないはずが、こちらの剣幕にびっくりしたのか「あ、そう」といって、すぐに全額返してくれた。これが公共の切符売り場のやることなの? 信じられない。
「五〇〇〇年やっている国ですっ」と、友人。
 長旅でなんだか二人ともススケタ顔をしてきた。「西洋風呂も付いています」とうたい文句のホテルがあったので値段が高いけど、風呂には入りたいからここにしようと決めた。先払いなのだ。部屋に入ると何とお湯が出ない。