《ブラジル》ダウン症児=クラス全員で治療を支援=口の周りのテープで筋力強化

 ブラジリア市南部の小学校「クレッサ校」の2年生は、週2回、全員が口の周りに絆創膏や紙製の粘着テープを貼る。生徒と担任が「魔法の水が落ちないためだよ」「魔法の水はよだれだよ」「顔の筋肉も強くなるんだよね」と言い交わしながらテープを貼るのだ。
 これは、このクラスにいるダウン症のミゲル・ガデーリャ君(10)の治療を支援するために、自発的に起きた行為だ。
 ミゲル君は生後11カ月で、現在の両親に引き取られた。だが、ダウン症という事もあり、11カ月といっても、2カ月位の子供にしか見えなかったという。
 実子の長女もまだ幼い時期にミゲル君を引き取った両親は、失った時間を取り戻そうとして、精神科医や理学療法士、言語聴覚療法士らを迎えての治療を開始した。
 効果は少しずつ出てきたが、10歳になってもミゲル君が話せる言葉の数は限られ、「オイ!」と呼びかけても、「オ」にしか聞こえなかった。
 だが、言語聴覚療法士が顔の筋肉を鍛えるためにテープを貼り、そのままの姿で登校した時、クラスメート達がテープの意味を知って、まねをし始めた。筋肉の動きに逆らう形でテープを貼り、筋肉を鍛えると、発話だけでなく、咀嚼や嚥下にも良い影響を与える。ダウン症の子供にありがちな「よだれをたらしていて汚い」というイメージも、テープ療法で改善・解消されうるのだ。
 生徒達が自分達もテープを貼ると言い出したため、火曜日と木曜日は、担任のクリスチーナ・ロザル氏が全員の顔に絆創膏や紙テープを貼ってくれる。全員が顔にテープを貼った写真を見た父親は、ミゲル君がクラス全員に受け入れられ、皆が一つとなっている様子に感動したという。
 ミゲル君の唇にヘーゼルナッツクリームがついていた事もある。これをなめてきれいにする事で舌の筋肉を鍛え、動きを滑らかにするためだ。
 ミゲル君が受ける治療は、クラスメートには目新しい事ばかりだが、こういった経験は、様々な違いのある人物や環境などを受入れ、共生する事を学ぶ絶好の機会だ。
 ミゲル君は語彙が極端に少ないため、ほとんど話せず、読み書きも出来ないが、療法士や教師達は、仲間が支援してくれればこの壁も乗り越えられると期待している。
 生徒達にミゲル君の進歩について尋ねると、「ちゃんと話せるようになるさ」「何を言おうとしているかはわかるよ」「この間は『オイ!』って言えたよ」と続いた。それを聞いた教師が、「ミゲル君、『オイ』って言ってみて」と呼びかけると、ミゲル君は微笑みながら「オイ」と答えた。発話には200以上の筋肉を使う必要があるが、歯茎や筋肉を鍛えれば発話も促されると、療法士達は期待している。
 ミゲル君は相手が要求している事を理解し、それを実行するように努力しているが、理解した事を即座に行動に移す事はまだ困難だという。
 現在はまだ語彙力や発話に必要な筋力が伴わないため、会話は難しい。だが、療法士達は手話や身振りなどを使う事も検討中だ。話す事は相手の言う事を理解した結果起きる行為の一つだが、コミュニケーションの目的は話す事ではないと考えている。
 クレッサ校では、各クラスに2人、特別な配慮が必要な生徒がおり、教師達も各生徒の必要に対応するための訓練を受けている。また、モニター役の補助教員もおり、生徒を評価する方法もきちんと区別されている。
 特別な配慮が必要な生徒が共にいると、違いを受入れ、統合する事の大切さを学ぶし、現実により近い世界が体験出来る。ミゲル君のモニターを務める補助教員のデボラ・ヌネス氏は、子供に寄り添うには大学の学びだけでは不十分だと実感している。「定員枠がないから障害児を受け入れられないという学校が多いけど、本当は手がかかるから受け入れたくないだけよ」とその胸の内を打ち明けた。(20日付G1サイトより)