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連載小説=臣民=――正輝、バンザイ――=保久原淳次ジョージ・原作=中田みちよ・古川恵子共訳=(78)

 チオンはたまに盛一や正輝に手を貸した。農作業を手伝ったり、家屋の修理をしたりするのだが、報酬は何杯かのピンガや何本かの葉巻タバコだったりした。収穫期には収穫物のほんの一部をもらった。気がきき、実直で質素な生き方に文句もない。
 3人は力を合わせて、家の後ろの平らな土地まで豚を引きずっていかなければならない。噛まれないように仰向けにさせるための戦いが始まった。盛一は豚の後ろ向きにした。豚はじたばたし、ブーブーないた。正輝はよく研いでおいた包丁をチオンの手から受けとり、豚の足を左手でしっかり掴み右手で胸にひと突きし、心臓に向け自分の体重をかけて食い込ませた。それはまったく至難の業だった。彼はひと突きで心臓まで届くことをいのった。
 ところが、豚はうめきつづけ、うなり声をあげた。細く、悲しい声がつづき、ずっと体をばたつかせた。凶器が心臓に突き刺さらなかったのだ。初めからやりなおしだ。正輝は不満だったが、初めからやりなおした。今度は豚の心臓をしっかり見極めてひと突きした。包丁が体の奥深く食いこんだとき、豚は体を強く曲げ、正輝は振り落とされるところだった。けれども、一挙に抵抗がやみ、動きがとまり、息絶えた。
 容器に受けようと試みたが、豚の血はほとんど地面に吸い込まれてしまった。血を利用しようとしていたのにそうできなかった。豚が動かなくなったと同時に腹を切り開いた。内蔵は約束どおり、チアンのものになった。彼はほとんど全部の内臓の利用法をしっていた。内臓は栄養価が高いのだ。
 いちばん手のかかる小腸をうらがえす。次に水と石鹸で洗う。それを乾して味付けしたひき肉や細切れを詰めて自家製腸詰にしたり、煮物にしたりする。心臓、胃袋、肺、腎臓、膵臓などすべて食用となった。ひとつずつに料理の仕方があるのだが、チアンはいろいろな料理法をしっていた。そのなかで、ひとつだけもらえなかった内臓があった。肝臓は正輝が自分用にしたからだ。畑のハヤトウリといっしょにスープにしようと思ったのだ。
 豚の腹の脂身は皮つきの部分は塩をし、長時間かけて釜戸の煙で燻製にした。薄く切りフェイジョンや他の煮物の味付けに用いる。その他は肉を炒めるときのラードとして使った。
 肉塊はきれいに洗ったあと、荒い毛を取るため皮が剃られ、肉は10立方センチほどに切り分けられた。事前にラードを溶かしておいた大鍋で、肉を揚げた。肉の塊に完全に火が通ってから、まだ熱いうちに食用油18リットルの缶にラードごと移しかえ、使うときはそのたびに缶から取りだした。ラードは完全に冷めると、白っぽいちょうどプリンのような柔らかさになり、そのあと、房子はしばらくの間は固まったラードを大きな木のしゃもじを使って缶から出し、たまには肉もとりだして日々の食卓をかざった。
 この缶の中味を仕上げるのに時間がかかった。肉は大量で釜戸の焚口はふたつしかない。豚を殺すには包丁を豚の胸に食い込ませ、すぐに切るというだけの簡単な作業ではない。むだを出さないために、事前にすべて用意しておかねばならない。豚の体のうち、正輝と盛一が手がけたのは前足の肥えた腿肉と頭を揚げることだけではなかった。脚は別に料理され、長男誕生祝いの目玉料理なのだ。そのために豚を殺したのではないか?

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